その7、火竜討伐~1~
「それで、どうしてあなた達がいるんですか?」
先のヒートドラゴン討伐の命令から一日経過して次の日のことだ。
場所は北門前にある門番達の控室前である。
辺りは南門と変わらないほど人が多く少し騒がしいほど賑やかな雰囲気だ。
「ふん、ヒートドラゴン討伐の確認と素材の運搬のためだ」
南門を出ようとしたら衛兵に止められて何事かと思えばこの騎士達と一緒に行動してほしいと言われたわけだ。
「ああ、つまり監視役ってことですか」
まったく、少しはこっちを信用してくれてもいいだろうに。というか付いてこられても邪魔なんだけどな……。
「そういうことだ。一応自己紹介ぐらいはしておいてやる。」
そういうと先頭の騎士がヘルムをとった。190センチ程度の体格できつめの顔にオレンジに近い金髪をオールバックにしている。顔の中央には大きなななめ傷が入っている。
「ドルガンだ。憲兵団二番隊隊長をしている」
それだけ言うとドルガンはっさとヘルムをつけてしまった。なんだか無愛想な男だ。
「え~と、じゃあ私も挨拶しておきますか。セラフと申します。どうぞよろしく」
とりあえず笑顔で挨拶をしてみた。今までの経験からこの笑顔の効果は実証済みだ。
後ろに控えていた五人の騎士たちは歓声を上げたがドルガンは何も言わなかった。ヘルムをかぶっているので表情もみえない。
「ふん、小娘風情が。少しばかり美人だからといって調子に乗るなよ?」
思いっきり嫌味な態度を取られてしまった。
「たいちょ~、そんなにつんけんしないでもう少し仲良くしましょうよ~?」
軽い声を上げてヘルムを取ったのはいつぞや出会ったクリスという冒険者にそっくりな男だ。ただしこちらの方が少し背が大きく髪も長いが。
「初めましてセラフさん。僕は隊長の部下で副隊長をやってます。名前はクロスって言います。覚えといてね~」
物凄く軽い調子で挨拶してきたこの男はクロスといって副隊長らしい。せっかくだしあれを聞いておくか。
「あの、すいませんクロスさん。あなたって弟とかいますか?」
「あれ?なんで知ってるの?確かに僕にはクリスって弟がいるけど?」
「やっぱりそうでしたか!いえこの間クリスさんが所属しているパーティと少しだけ行動を共にしてまして」
「ああ、そうだったんだ!なるほどね~。あいつは元気だった?」
「おいクロス!いつまでお喋りしている!いつまでもくっちゃべってないで黙って待機していろ!」
「は~い、わかりましたよ~っと。ごめんねセラフさん。また後で」
ドルガンの怒声によって会話は強制的に打ち切られてしまった。クロスはヘルムをかぶってドルガンの後ろに戻る。
「それでセラフ、ヒートドラゴンとやらはどこに住んでいるんだ?」
ドルガンが本来のミッションの話に戻す。
「ああ、竜脈火山です」
「………すまんが、もう一度言ってくれんか?」
なぜかドルガンが問い直す。何故だろう?
「?ですから竜脈火山です」
「……どうやら聞き間違いではないようだな」
「え~と、セラフさん竜脈火山ってどういう場所か知ってますよね?」
「どういう場所も何もただの火山でしょう?まぁ、特徴としては希少鉱石と岩石系モンスターが沢山出てくるぐらいでしょうか?」
セラフの知識としては本当にその程度だ。アナザーワールドでは推奨レベル70程度の中級エリアだが、セラフは200レベルなのでその竜脈火山で狩りを行っていたのは2年ほど前だ。なので推奨レベルのことなどすっかり忘れていた。
「竜脈火山は王国が喉から手が出るほど欲しい希少鉱石が出る場所ですがSランク冒険者ですら迂闊に探索できないほどの強さを持つモンスターが出る場所で別名「不可侵の火山」とも呼ばれている場所なんですよ……」
「え゛!?そうなんですか!?」
セラフとしては驚愕の真実である。あんな弱いエリアが人類未踏の地だったなんて。
「王から貴様に付き添ってモンスターの討伐確認と素材の運搬をしてこいと命令されたときは何故私が……と思ったがそういことか。おい貴様、冗談ではなく本当にそこにヒートドラゴンがいるんだろうな!間違いは許さんぞ!」
「本当に居ますってば。たぶん」
言い切りたかったがなにぶん500年前のことなので確証が持てない。
「たぶんとはどういうことだ!だいたいお前のレベルはいくつなんだ!私は65だがこの私でもあそこは手が出せん領域なのだぞ!お前のような小娘があそこのモンスターを倒せるわけがない!」
なんだかいろいろ言いたい放題言われている。正直さっきから怒鳴られてばっかでいい加減に疲れてきた
「はぁ、じゃあこれどうぞ」
と言ってセラフはギルドカードの表示を出してドルガン達に見せる。
「なんだこれは!Eランクではないか!舐めてるのか!おまけにレベルが表示されてないぞ!」
「本当ですね~、でもなんでランクは表示されてるのにレベルは表示されてないんですかね~?」
ギルドカードをを見ながらもっともな疑問をぶつけてくる。
いい加減面倒くさいので少しだけ語るとしよう。
「簡単な話ですよ。そのカードが私の力量を図りきれてないんです」
「へ?どういう意味ですか?」
「皆さんはレベルの表示限界って知ってますよね?」
「当然、100レベルだ。ま、79レベルが現在の最高なのにそこまで行くやつはいないがな」
「ですよね~」
「じゃあそういうことなんでしょう」
「そういうこととは……どういう意味だ?」
「……もしかして100レベル以上……とか?」
「さぁ?」
セラフとしては全部を明かすつもりはないのでほのめかしてレベルが表示されない理由を教える。クロスが「……まさかね」と小声で言っておりドルガンは戯言に付き合いきれないといった風にカードを投げ返してきた。
「ま、まぁさっさと出発しましょうか?セラフさん乗ってください」
そういってクロスは用意していた馬車に乗るように手を向けた。
「あ、そんなものが用意されてたんですか。徒歩で行こうかと思っていたんですが」
「あっはっは、徒歩だなんて。ここから竜脈火山まで馬を使っても五日はかかるんですよ?」
「私なら5,6時間で行けますよ?」
何気なくそう言ったらクロスとその後ろについていた4人の騎士達が絶句していた。
「えっと、冗談……ですよね?」
とクロスは言うがセラフは移動力を強化する「バーストアクセル」という強化魔法、そして移動力を強化する魔法薬「神速の劇薬」という薬を持っている。だがメリットばかりではなくデメリットもしっかり存在する。バーストアクセルは使用中武器が使えなくなり神速の劇薬はダメージを負う……と言ってもセラフのHP量的にダメージは大したものではないが。この二つを併用することによりまさに神速を出すことが可能になる。
「冗談じゃないんですけど……まぁせっかく馬車を用意してくれたのなら使わせてもらいますか」
「おい、さっさと行くぞ。クロス、手綱はお前が握れ」
「あ、はい。分かりました隊長」
こうしていろいろあったがセラフ達は馬車に乗って王都を出発した。
「お~いセラフさん。今日のごはんってなんですか?」
今話しかけてきた男はセノといってドルガンの部下の一人だ。
灰色の髪に優しい顔立ちをしている。体格は180センチ程度で少し痩せ形のようだ。だが言うまでもなく筋肉はしっかり付いている。
「ああ、今日はブルホーンの香草煮でも作りますかね」
「おお、美味しそうですね!」
辺りはまだ草木が生えている道のわきで、少し離れたところには小川が流れている。セラフ達一行はそこでキャンプをしていた。もう既に日は沈みかけ夜になろうとしている。
セラフとセノがこんな会話をしている理由はキャンプ一日目まで遡る。最初はセノ、ライン、ルカ、クレス達が料理を作ってくれたのだがあまりの不味さ(セノ達が言うには普通)に耐え兼ね自分が作ると言い出したのだ。そうしたら好評だったので不味いご飯も食べたくないし自分が作ることになったのだ。最初は当然のようにドルガンが小言を言ってきたがセラフの作るごはんを食べたら以後文句は言わなくなった。
「いやあ、こんなきれいな人に美味しいごはんを作ってもらえるなんて。最初は竜脈火山に行くって聞いて速攻帰りたくなりましたけど。今はずっと続けばいいな~って感じですよ」
笑いながら明るい調子で話を続けるセノ。そこに騎士が一人やって来た。
「おいセノ!抜け駆けしてんじぇねぇ!今日のセラフさんの手伝いは俺の番だぞ!」
と言ってきたのは赤い短髪で身長175センチ程度の騎士の一人、ラインだ。
「別に手伝いぐらいだれがやったっていいじゃないの。ですよねセラフさん」
そこで俺に振らないでくれ。
「ええと、普段ならそれでもいいと思うんですけど、約束を決めたのなら守った方がいいんじゃないかと……」
「ほらみろ!おめぇはあっち行って休んでろ!」
「まったく、普段は不真面目なくせにこういうときだけ頑張るなんてずるくない?」
とセノとラインが口喧嘩をしているとき怒声が飛んできた。
「うるさいぞお前ら!その小娘が作るって言ってんだから俺たちはすわってりゃいいんだよ!」
怒声の主はドルガンのようだ。部下がはしゃいでいるのを諌めたのか俺を貶したのかはわからない。
「隊長、そういうのは良くないですよ?仮にも騎士団所属なんだからそんな暴力亭主みたいなこと言わないで、もっと民を思いやってですね……」
セノが意見を述べたが全部言う前にドルガンに羽交い絞めにされた。そしてそれを見てラインが水の入った桶を担いでさっさと逃げる。
「いや、すいませんセラフさん騒がしくて。」
クロスが謝ってくる。
「ふん」
とドルガンはセノを投げ捨てそっぽを向く。
「(ふぅ、まぁ堅苦しいのよりはずっといいかな。少しうるさいけど賑やかで楽しいし)」
「いや~、相変わらずセラフさんのつくる料理は美味しいですね~。毎日食べたいくらいですよ~」
クロスが肉をほおばりながら笑顔で答える。
そもそもセラフがここまで料理上手な理由はもともと上手かったというわけではなく、料理スキルを相当なレベルまで上げていたからだ。
アナザーワールドの生産系スキルの一つ「料理」は食べるとステータスを一時的に上昇させたり状態異常耐性を上げたり入手経験値にボーナスが入ったりとかなり便利なものだったからだ。その上セラフはソロで行動することも多かったので暇を見つけてはレア食材を見つけてひたすら料理をしてスキルを磨くということを重ねていた。そのおかげでスキルレベルが相当上がっているのである。そしてその料理スキルのレベルがこの世界でも適用されるらしい。
結果的にセラフはリンゴの皮をむくだけでも味を良くすることが出来るというほとんど神業のようなことまで可能になっていた。
時間は皆が夕食を終えてドルガン達は火を囲んでいる。セラフは食器を洗いに出ている。ラインも護衛兼手伝いとして同行していた。
「まったくどいつもこいつも飼いならされやがって。ちょっと顔が良くて料理がうまいだけじゃねえか」
「それって思いっきり褒めてますよね。ていうか隊長お代わりまで要求してたし」
ドルガンに突っ込みを入れたのは気だるげな目つきにぼさぼさの黒髪のルカである。
「う、うるさい!食えるときに食っとくのが兵士の務めなんだよ!」
「隊長もつんけんしすぎですって、もうちょい友好的に行きましょうや」
ついで突っ込みをいれたのは癖のある茶髪に無精ひげの生えた男。クレスである。
「隊長って妙にセラフさんのこと突き放してますよね~。ひょっとして女嫌いなんですか?」
「そ、そんなんじゃねぇ!俺は女が戦うのが気にくわねぇってだけだ!」
クロスの問いにあせってつい本音で答えてしまうドルガン。
「女が戦うのが気に食わないって……なんというか……古い考え方してますね」
「そうですよ。今の時代女性冒険者とかそこら中にいますよ?」
クレスとセノが口を合わせて答える。
「まぁ、たしかにそうだがよ……。なんというか似てるんだよ面影が……」
「似てるって……誰にですか?」
ルカが問う。
「……おふくろだよ」
「え!?隊長の母親ってあんなに美人なんですか!?」
「ちげぇよ!面影が、つったろうが!……はぁ、この際だから話してやるよ。俺のおふくろはな、優しくて強い人だった。だから俺が住んでた村が盗賊に襲われた時も俺をかばって死んじまったんだよ。だから俺は思うんだよ……女は男に守られてりゃいいってな」
シン、と静寂が流れる。……かと思えばセラフが声をかけてきた。
「お皿洗い終わりましたよ、ってなんでそんなにびっくりするんですか?」
セラフの急な声にドルガンは飛び跳ねてしまった。
「う、うるさい!急に声を出すな!」
相変わらずの怒声だ。もういい加減慣れてしまったが。
と、ここで皆の自分を見る目が少し変わっていることに気付く。
「?何かあったんですか?」
「いや、大したことじゃありません」
「そうです」
「はぁ、そうですか」
最初出会った時の態度がいまは打って変わって優しくなっている。セラフは急な態度の変化に少し気味の悪さを覚えた。
「セラフさん!」
クロスが唐突に声を出す。
「隊長はすぐ怒鳴る怒りっぽい人ですけど出来たら仲良くしてあげてください!」
「はぁ……はい。わかりました」
セラフとしては急になんのこっちゃといったところである。
「おい!何勝手なことをいってやがる!」
と相変わらずのドルガンの怒声でその夜は終わった。
セラフは家事も最強でした。
戦闘は次回です。