その5、強者VS超越者
セラフは今王都の通りを散策していた。
あたりは人が絶え間なく歩いておりとても賑やかな雰囲気であった。
「(賑やかだな~。人も物も数えきれないくらいだ)」
「とりあえずどこか適当に宿でもとって拠点を決めておこうかな……」
「おい聞いたか!?ついさっき「閃光の剣」が帰ってきたらしいぜ!」
「ホントか!?よし、さっそく身に行こうぜ!」
「(ん?閃光の剣?どこかのパーティ名か?)」
どうやら有名な冒険者が帰ってきたらしい。子供たちや大人たちが先ほど入国するときにくぐった南門に向かい始めた。
「すみません、ちょっといいですか?」
と、俺はその辺にいた顎鬚の濃いおよそ30代だろう男性に声をかける。
男性は少しいらだちながらこちらを振り向く。
「あ?なんだよ。今急いで……る……」
「そうですか、いや急いでるなら別にいいんです」
「いやいや、なんでも聞いてくれ!」
先ほどまでの険しい顔が打って変わって和らいでいる。
なんだか態度が急変して少し気味が悪いが、まあいいというなら質問させてもらおう。
「先ほど話題に上がっていた「閃光の剣」というのはいったい何なのか教えてもらえませんか?」
「あん?なんだおめぇさん知らねえのか?」
「まぁ…ね」
「かなり有名な冒険者なんだがな……まぁ知らねぇってんなら教えてやるけどよ」
話を聞くと「閃光の剣」というのはパーティ名ではなく個人を指す称号らしい。
名前はオルカといって疾風の団というパーティのリーダーをしているようだ。
「閃光の剣」の由来は光の属性を纏った剣を常に持ち歩いており、その剣閃は目にも止まらぬ速さでまるで閃光のようにみえるかららしい。
「…ってわけだ分かったかい?姉ちゃんよ」
「なるほど。教えてくれて感謝します」
「んなら礼に一緒に酒でも…」
「遠慮しておきます」
すっぱりと断ってセラフはそのオルカとやらがいるだろう南門に向って歩き出した。
「ふ、やはり僕はどこにいっても人気者だね!」
その男は大通りの真ん中を堂々と歩いており後ろに全身鎧を来た男と弓を担いだエルフの女性、そして神官のような女性を連れていた。
あたりはその冒険者の姿を一目見ようと老若男女が道のわきを固めており歓声で包まれていた。
普段ならここまで大騒ぎされるようなことはないが、この男はこの国の王から出されたミッション「火竜の討伐」の帰りのようであり、後ろでは騎士達が巨大な荷車に乗せられた火竜の死骸を引っ張っていた。
「ま、こんなもの僕からしたら当然だけどね!」
と誰に言っているのかわからない自慢話を呟いている。
そして自慢話をしている中で男、「オルカ」はそれを見つけた。
「………美しい」
オルカが見つけたのは閃光の剣を見ておこうと野次馬達に紛れたセラフだった。
「(ん~、んん?なんかこっちを見ているような……)」
「そこの君!!!」
と長い金髪をポニーテールでまとめている鋭い蒼い瞳の男、オルカはこちらを指さし大きな声を上げた。
指された方に居た者達が俺か?と疑問の声を上げたが後ろを振り向いて間違いなく自分ではないと悟った。いや、悟らされてしまった。
なぜなら自分たちと一線を画す美女がそこにいたのだから。
そこに至って皆が道を退き、ようやくセラフはオルカが自分に指を指していることに気付いた。
「へ?自分?」
セラフはきょとんとしている。
「そう君だよ!君!」
「いや!美しい!今まで綺麗な宝石や女性はたくさん見てきたけど君ほどの美しさを持つ者は初めてだよ!」
なんだかやたらと褒めてくるがセラフとしては「はぁ、そうですか…」と言うしかなかった。
「どうだい?その美しさに免じて僕のパーティに入れてあげようかい?なに、遠慮することはない!君ほど美しい女性ならいつでもウェルカムだよ!」
オルカは呑気な声で「HAHAHAHA!」と高笑いをしているが
「いえ、お断りしておきます」
セラフはきっぱりと断った。その瞬間に空気が変わった。
周りを囲んでいた野次馬達は「何を言っているんだコイツは?」「本気か?」という風にヒソヒソと話し合っている。
そしてオルカは先ほどの笑顔から一転して触れるもの全てを切り裂くような冷たい顔になっている。
「……なんだって?よく聞こえなかったな?もう一度言ってくれないかな?」
「ん?聞こえなかったんですか?ならもう一度言いましょう。お断りだ」
今度こそ空気は完全に入れ替わった。
先ほどの温かい空気から刺すような極寒の空気へ。
「……君、僕が誰かわかってそれを言ってるの?」
「閃光の剣のオルカだろう?違うのか?」
いつのまにかセラフの言葉使いが丁寧な言葉から普段の「俺」のそれになっていた。
「ならますます理解できないね。僕はSSランク冒険者でレベル70なんだよ?君はどうなんだい?」
「私の名前はセラフ。ランクはE。レベルは不明だ」
「はぁ?ランクEでレベル不明だって?セラフって言ったっけ?君、それで僕の優しさを断るつもりなの?」
「優しさね……。どう聞いても脅迫にしか聞こえなかったけどな?」
「へぇ、言ってくれるねぇ。なら、冒険者らしくこれで白黒つけようか?」
とオルカは腰のベルトに差していた細剣を抜き剣先をこちらに向ける。
「先ほどの名乗りで君も冒険者と言っていたよね?ならば力の強い方が全てを手に入れる。わかりやすいだろう?」
どうやらオルカはセラフとの決闘を望んでいるようだ。
「……いいだろう。で、何を懸けるんだ?」
「はぁ?懸ける。君と僕の実力差でそんなことが言えると思ってるの?」
どうやらオルカは決闘がしたいのではなく自分に反抗的な態度をとったセラフをおもちゃにするショーをしたいだけらしい。
「なんだ負けるのが怖いのか?」
「っ!、いいだろう。もし仮に僕が負けたら君の奴隷になってあげるよ。だが僕が勝ったら君が奴隷になるんだ!」
「ああ、いいだろう」
「馬鹿め、身の程を思い知らせてやるよ!」
そして決闘が始まった。
オルカは剣を抜いて構えている。がセラフは右手を腰に当て楽な姿勢のままだ。どう見ても決闘をおこないような姿勢ではない。
「……おい!なぜ剣を構えない!僕をバカにしているのか!?」
「なぜ……と言われてもな。構える必要がないからかな?」
「はぁ!?ふざけるのもいいかげんにしろ!!!」
「ふざけるとは失礼だな。君はアリを殺すのにいちいち剣を抜いて構えるのかい?」
「っ!!!!!殺す!!!!!」
セラフの侮辱に耐えられずオルカは自身の魔力を練り上げ全身を循環させ、体を強力なバネのように使い目にも止まらぬスピードでセラフの目前まで距離を詰める。そして腕を限界まで伸ばし剣で突く。オルカの得意技「突進剣」だ。この剣技をもってすれば竜種の甲殻すら容易く貫ける。オルカが絶対の自信を置いている得意技である。
が、その得意技がセラフに届くことはなかった。
「バッ、バカッ……なっ……」
その決闘を見ていた全ての人間が驚いていた。ありえない光景が自身の目の前にあるからだ。
「ずいぶんとノロいな。本当にSSランクか?」
あろうことか、セラフはオルカの繰り出した剣の剣先を三本の指でつまんでいた。
そしてただつまんでいるだけにも関わらずに剣が微動だにしていない。まるで大きな万力で固定したかのように。
「ふむ、閃光の剣と言っていたがあながち間違いではないな。使っている剣は光石剣か」
とセラフは剣をつまみながらうなずいている。その間もオルカは必死に剣の自由を取り返そうと足掻いていたが剣を取り返すのは無理と悟ってセラフから距離をとった。
「あら、剣はいいのか?オルカ……だっけ?」
「く、くそっ!なめやがって!?」
オルカは悪態をついたが実際はそんな余裕はなかった。火竜すら倒すほどの実力を持つ自分が怯えている。たかが女一人に!その事実がどうしようもなくオルカを混乱させていた。
「ぼ、坊ちゃん……ここは引いた方が……」
後ろに控えていた全身鎧の男が声をかけるがオルカはそれを一蹴する。
「だ、黙ってろ!僕に指図するな!」
「君に敬意を表する……わけじゃないけど、君が一手を出したなら俺も一手を出そう」
そう言うとセラフはつまんでいた光石剣を投げ捨て腰に差していたアロンダイトを抜き、剣をまっすぐ構え、最上位スキル「疾風怒濤」を発動させた。
その瞬間に上位スキル「疾風迅雷」を遥かに上回る膨大な量の風と雷が発生する。周りの野次馬達はオルカとそのお供を含め怯えていた。まるでそこだけに天災が発生したようだったからだ。
だがセラフの行動はそれで終わりではない。疾風怒濤により発生した嵐を、なんと剣に纏わせ始めたのだ。
アナザーワールドの戦闘ではごく当たり前の使用方法である魔法を剣技に乗せて使う、通称「魔剣技」である。この魔剣技は物理攻撃力、属性攻撃力、魔法攻撃力三種にボーナスが乗るのでプレイヤーからしたらごく当たり前の戦法である。
だがこの世界では違った。技術や情報が失われて久しいこの世界では剣に魔法を乗せるなどできない。いや出来るものは探せばいるかもしれない。だが属性石の加工や魔物の素材の加工で属性を生み出すのが一般的なこの世界ではそんな発想ができないのである。
そして、そんな場違いな奇跡の剣は今まさに振り下ろされようとしている。
「一応忠告しておく。俺の目の前に立たなければ死ぬことはないぞ」
そのセラフの言葉を聞いてオルカとそのお供、火竜の乗った荷車を牽いていた騎士たちが一目散に逃げる。
「兜割、足す、疾風怒濤……」
そして嵐を纏った黒剣は振り下ろされた。
「暴風剣”断切”!!!」
瞬間。セラフの目の前にあったものはその全てが風と雷で構成された龍のような嵐に食い散らかされた。
後に残ったのは瓦礫の山と誰も言葉を発することはできない野次馬とオルカ達だけであった。
ようやく最強し始めましたね