その13、二人の姉弟
「う~ん、こりゃ本当に迷路みたいだな。帰れるか心配になってきたぞ」
場所は王都北西にあるスラムである。
レンガで作られた一般の建築物の隙間に寄り添うようにテントや小屋がそこかしこに建てられている。
今セラフとジーノが歩いているところも薄暗く屈まないと通れないところや匍匐して進まなければいけないところなど、もはや道というよりはただの通路といったところだ。
「帰りは俺が送ってやるから安心しろ」
「そりゃありがたい。というかこんなところに住んでると病気になりそうだな」
掃除が行き届いておらず、頻繁に通るところは最低限掃除がされている程度でその他の通路はゴミが放置されている。
「着いたぞ」
スラムに入ってから30分以上歩いてようやくたどり着いた先には少し大きめの建物があった。
「この家は俺らみたいなガキが身を寄せ合って暮らしている場所だ。本当は俺らみたいなのは路上で生活するのが普通なんだが上の奴らに金を納めて特別に暮らさせてもらってるんだ」
「金を納める……か、どこでも年少組はきつい思いをするもんだな」
「ほらさっさと入れよ。ほんとはあんたみたいなのは身ぐるみ剥がされてポイが普通なんだが、俺と一緒にいたら襲ってくるやつもいないからな」
「確かに。私は美人だからな」
「け、自慢かよ」
「客観的な事実だ。お前もそう思うだろ?」
「……いいからさっさとついてこい。はぐれんなよ」
そういわれてセラフはジーノの後をついていく。
「はぐれるな」ジーノの言葉通り、中は外よりも更に暗く明かりが必要なほどであった。通路の板はところどころ抜け落ちて落とし穴のようになっていたりとトラップのようなものも見受けられる。
「……ほんとによくこんなところに住めるな」
「ただの慣れだよ。着いたぜ」
ジーノはそういうと扉を開ける。
中は綺麗とは言えないがそこそこ掃除されており窓も開けられて空気は入っており呼吸はしやすかった。
部屋の窓のそばにはベッドが一つだけありそこで15,6程度の女の子が本を読んでいた。
女の子は長く薄い茶髪をを三つ編みにしており顔立ちは少しおっとりとした優しいものだった。
服はワンピースのような服の上に上着を羽織って体を冷やさないようにしている。
「姉ちゃんただいま!」
「おかえ……って誰?」
本を読んでいた女の子は
いつものように弟に顔を向けたら見知らぬ美人が一緒に立っており驚いているようだ。
「ああ、初めまして。セラフっていいます。どうぞよろしく」
「こ、これはご丁寧にどうも。ジーノの姉のジェシカといい……ます」
「なんか結構元気そうだな。で、どこが悪いんだ?」
「姉ちゃんは昔から体力がすげー少なくて筋トレすらできないんだよ。ちょっとでも激しい運動をしたらすぐに倒れちまうし、長時間立っているだけでもばてちまうんだ」
「ん?じゃあどこかが悪いってわけじゃないのか?」
「昔はな。俺を育てるために無茶をしたからガタがきてほとんど動けなくなっちまったんだよ。だから俺がしかたなく盗みをしてたんだ」
「なるほど、しかしスラムの子でも字は読めるんだな」
ジェシカという子は先ほどまで本を読んでいた。ならばある程度以上は字を読めるんだろう。
「姉ちゃんだけだよ。ほとんどの奴は読めない。」
「え~と、ジーノ。この方はどちら様?」
そこでようやくジェシカが意識を取り戻し声を出した。
「ああ、説明してなかったな。お人よしな変人だ」
ジーノが自身満々に言い放つ。
「おい。憲兵に突き出されたいのか?」
そしてそれに答えるようにセラフが静かに怒気を放つ。
「冗談だってば……そんな怒るなよ。ええと、俺が食いもんを盗もうとしたらコイツがちょっかい出してきたんだよ」
「もう少し恩人を敬えんのか、貴様は。はぁ、まぁいいけど」
セラフは先ほどからのジーノの対応に呆れている。
元気があるのはいいが都合のいい奴だ。
「食い物を盗むって……ジーノ!盗みはダメって前から言ってるじゃないの!」
「仕方ねーだろ!俺かってやりたくてやってるんじゃねーよ!」
どうやらこの対応を見るに前から盗みはするなと言われていたらしい。
「けど働いてる人のお手伝いをするとか色々あるでしょ!」
「俺みたいな浮浪児を雇ってくれるようなお人よしなんかいねーつっーの!どいつもこいつも汚いものを見るような目で「盗みでも働きに来たのか?」とか言いやがるんだよ!手伝いなんかできるか」
「ええと、二人とも、少し落ち着きなさい」
放って置いたらいつまでも続きそうなのでいい加減に止めに入る。
ジーノもジェシカもどちらも譲らず納得できないといったような表情だ。
「まったく、私がここまで来た目的を忘れないでくれよ?」
「そうだった!姉ちゃん!なんかこの女が助けてくれるみたいだぜ!」
「助けてくれるって……どういう意味?」
「まぁ助ける前に少しジェシカさんの様子を見せてもらうよ」
「おい、姉ちゃんに変なことすんなよ」
ジーノの小言を適当に流すとセラフは眼鏡のようなアイテムを取り出し装備する。
この装備は「スキャングラス」というアイテムで、効果はパーティ登録をしていないプレイヤーやモンスターのステータスを確認するアイテムだ。
割としょぼい効果のように思えるが実は相当なレアアイテムでありレベル150以上でようやく作ることが可能という結構な希少品だ。
グラスを通してジェシカのステータスを確認するが、予想通りといった感じだ。
全体的なステータスが低めで魔法防御と精神、知能が特に高く、体力と攻撃力が著しく低い。
どうみてもプリーストの特徴と一致する。
プリースト……回復魔法が得意で非常に重要な支援を行う職業の一つだ。似たようなのにアコライトというものもあるがそれとはまた別である。
「(ふむ、体力が低い理由はプリーストの適正が強すぎるから……か)」
ここでいうプリーストの適正が強すぎるという言葉はアナザーワールドでの仕様のことだ。
一つの職業を取るとその職業に応じてステータスが変動するが、あちらを立てるとこちらが立たず。といった具合に、職業事にステータスが変動するのだ。
そしてこの変動の値がある程度ランダムに設定されており、ここの初期値で何度も職業の取り直しが行われるというのは日常茶飯事だ。
ジェシカのステータスはプリーストを取った時のステータスの変動が過剰なまでに上下しており魔法防御と精神と知能が異常に高く体力と攻撃力が異常に低いという結果になっているのだろう。
「ん~、なるほど。少し聞かせてほしいんだがジェシカさんが本を読めるようになったのって、どこかで文字の読み方を教えてもらったから?」
「い、いえ。捨てられた本を拾って見ているうちになんか読めるようになっちゃったっていうか……」
「なるほど、なるほど。(確定……だな)」
ジェシカの体力が以上に低くスラムの子なのに本を読める理由はわかったが……どう対処したものか?
「お、おい!どうなんだ!?姉ちゃんは大丈夫なのか!?」
姉が心配なのだろう。ジーノがセラフを問い詰める。
「いや、体はなんともないんだが……どうやって治そうかな~ってさ」
「な、治せるのか!?じゃあ治してくれよ!」
「ジ、ジーノ!変なことを言うんじゃありません!」
ジーノの方は早くしてくれといった感じで急かしてくるが、ジェシカの方は先ほど唐突に現れた女性をまだ信用できていないのか少し悩んでいる風だった。
しかしどうやって治したものか……この場合の対処法は体力を上げさえすればいいわけだからやり方はいくらでもあるが……。
その1、体力強化薬。
そのまんまである。しかしあまり使いたくはない。なぜならこれは課金用アイテムであり、しかも対象がレベルを上げにくい上位プレイヤーを想定しているのか上昇量がたったの1なのだ。まぁジェシカの体力が驚異的に低いのでたったの1でも複数使えば問題ないのだが、正直もったいない。
その2、巻物
職業の変更に使うアイテムが巻物である。これをつかえばジェシカの異常なバランスのステータスを変更して直せるが、正直ここまで高い知能を消してしまうのも惜しい。通常のウィザードの初期知能が15程度なのに対してジェシカの現在の知能は25なのだ。これは正直このまま成長させた方がいいだろうとついゲーム的に考えてしまう。
その3、防具
職業事に身に着けられる専用の防具にはステータスを少し上昇させる効果がある。プリーストの場合はほとんどが精神と知能の上昇だが体力を上昇させる防具もちゃんとあるのでそれを渡せば問題ないだろう。問題としては自分がいないときに盗まれないだろうか?ということだ。ここはスラムである。いきなりそんなものをポンと渡して、はいさよなら。その後に身ぐるみ剥がされるというのもかなりの高確率でありそうである。
「(う~ん、そうなるともうこれしかないかな)」
「おい、どうなんだよ!治るんなら早くしてくれよ!」
「ジ、ジーノ!」
「方法はある!それも一つだけな」
第四の方法。それはもっとも単純で最も効果的な方法である。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。その方法は……”冒険者になる”だ!」
「へ?」
「は?」
場所は王都を出て2キロほど南西に行ったところにある森である。
王都を出る前にジーノとジェシカの二人に無理やり冒険者登録をさせ、ジェシカはセラフがおぶってここまで来たという寸法だ。
「で、どうすんだよ。自慢じゃないがおれは戦闘なんかできねーぞ?」
「わ、私はそもそも王都を出ることすら初めてなんですが……」
「まぁまぁ、とりあえず二人はこれを装備してくれ」
ジェシカをおろしセラフは二人に腕輪を渡す。
渡した腕輪は「吸魂の腕輪」というアイテムだ。このアイテムは「解魂の腕輪」というアイテムと対になっており、今セラフの腕に装備されている。
吸魂の腕輪は経験値を他者から吸い取り、解魂の腕輪は自身の経験値を入らなくするというものである。
この二つがセットになっていないとセラフは経験値を相手に委譲できず、ジーノ達はセラフの経験値を受け取れない。
そう、セラフがやろうとしているのはパワーレベリングである。
パワーレベリングを簡単に説明すると高レベルなAと低レベルなBがパーティを組み、Aが強敵を倒しBが本来自分では倒せないような強敵の経験値を入手し効率よくレベルを上げる。といったものだ。
セラフが閃いたのは誰にも取られずに失うことが絶対にない体力の上昇方法として最も単純な、レベル上げなのである。
その後はとんとん拍子だ。
セラフが出現したモンスターを切り刻み、ジーノとジェシカは後をついていくだけである。
道中現れるモンスターを切っては捨て切っては捨てと涼しい顔してモンスターの屍の山を作るセラフ。そしてその光景を隣で見ていた二人は空いた口が塞がらないといった様子だ。
二時間ほど”散歩”をすると二人のレベルは10程度には成長していた。
「ジェシカさん。極度の疲労とかは感じる?」
一旦散歩を休止してジェシカの状態を聞く。
「えっと、そういえば二時間近く歩いているのに息切れとかしてませんね……」
「すげーじゃん姉ちゃん!前は歩くだけでも疲れるって言ってたのに!」
「ならもう大丈夫みたいですね。街に戻りましょうか」
街に戻ったころにはもう夕方になっていた。
帰り道はジェシカをおぶらずに三人一緒に歩いて帰った。
そして西門をくぐり少ししたところで。
「それにしてもセラフさん。わたしに体力が付いたのってレベルが上がったからですか?」
「ええ、そうですよ。カードを確認してみてください」
ジェシカが確認するとレベルは11と表示されている。
「うわ~、街の人の平均レベルが2とか3なのに11って……」
「俺も11になってるぜ!姉ちゃん!」
「大丈夫みたいですね。じゃあわたしはこの辺で」
セラフが自分の役目は果たしたと納得してその場を去る。
「あ、あの」
それを呼び止めるジェシカ。
「ん?なんですか?」
「ありがとうございます!この御恩は一生忘れません!」
「俺もありがとよ。あんたってすげー奴だったんだな」
「どういたしまして。それじゃ」
そして今度こそセラフは去って行く。
「……なんだか嵐みてーな奴だったな」
「そう?私としては天使様みたいに見えたけど。だってとっても強くてとっても綺麗なんだよ?」
「いやいや、やっぱ嵐だって」
二人の姉弟の他愛のない会話。
そう、二人はここからようやく日常を謳歌するのだ。
この後二人の冒険者がSSランク入りを果たすのはまた別のお話である。
「で、なんの用だ?」
宿の帰り道に付けられている気配を感じ、そこにいるだろう誰かに声をかける。
とそこで三人の騎士たちが物陰から姿を現した。
騎士と言っても三人とも黒いフードつきのマントを羽織り顔を隠している。
セラフが騎士だと判別できたのは単純にスキャングラスを外していなかったからだ。
「申し訳ありませんセラフ様。明日の朝、王城にお越しください」
「はぁ、断ってもいいが……まぁいくか。わかりましたよ」
「ありがとうございます、それでは」
短い会話を交わすと三人は足音も出さずにさっと消える。魔法か何かだろう。
「はぁ~、何言われるんだろうな~?まぁ、ある程度脅しはしといたから無茶な注文はさすがにもうしないだろうけど」
セラフは今日も疲れたと言うと面倒くさげな足取りで宿まで帰って行った。
まったく次は何を言われるんだろうな~。
更新遅れてすいません。
次回はもう少し頑張ります。