その11、散歩~1~
ここは西大通りである。
時間は九時頃であり人が働き始める時間なのか人が増え始めている。
あたりには様々な店が並んでおり、冒険者が使う武具を売る店。洋服店や宝石店。更には鍛冶場などもあるのかカンカンと鉄を打つ音が聞こえたりもする。
「ここは商店街ってところか?」
朝の散歩のような感覚でここまで来たので現在のセラフの服装は帽子と上着は身に着けず、胸元の空いたカッターにミニスカートである。寝るときに脱いだのでニーソックスは身に着けていない。
自身の美しさをあまり自覚していないためかその大胆な恰好と隠す気のない美顔に道行く人皆が心を奪われている。
「……なんかわくわくしてくるな。剣でも見に行こうかな」
セラフは武器コレクターでもあるため何かいいものはないかと期待して明るい顔で通りを歩いている。
まるでそこだけ天使が舞い降りたかのようだった。
「お、なかなかきれいな店だな。ここに入ろう」
セラフが見つけた店はこの王都で最も大きな武具店である「ヴォルト商会」だ。
この王都を本店としてここ以外にも様々な支店を持ち高い信頼性と高品質を誇る冒険者御用達の武具店である。
店の外観はまるでレストランのように大きな看板が掲げられており大きな建物であった。
「中も広いな……というか武器を売っているとは思えないほどきれいな店だな」
「いらっしゃいませ!お嬢様!何か武器をお探しですか?」
出てきたのは細身で小柄。にやけた顔に燕尾服の男だ。
なんというか……物凄いわかりやすい男だ。すごいごますりしてるし。
ていうかお嬢様ってなんだよ。
「え、え~と、はい少し武器を見せていただきたくて……」
「そうですか!ではこちらにどうぞ!お嬢様好みの美しい剣がずらりと並んでますよ!」
別に美しくなくてもいいんだが……まぁここは従っておくか。
つれてこられたのは建物の一角にある、儀礼用や貴族の権威を示すために持つ宝石や細かな装飾の刻まれた剣が多数置かれた部屋だ。実用性は恐らく皆無だろう。
盗難防止のためかすべてショーケースの中に置かれている。
「こちらに置かれておりますは彼の名工ランドが作りました剣です!どうですこの美しさ!刀身に美しい紋様が複雑に刻まれており鍔の部分には緋玉石がはめ込まれておりこの剣の価値を何倍にも上げております!」
「はぁ、いかほどで?」
「通常ならば100万コルですが……お嬢様の美しさならば90万コルで構いません!如何でしょう!?」
「(90万コルねぇ……)」
セラフの現在の所持金は古代硬貨で7500万コルほどである。これは現在の新硬貨に直すと75億コルという途方もない額になる。
もちろんこの男が進めてきた剣も余裕で買えるが正直そんなにいいものとは思えなかった。
「(ん~、ちょっと試してみるかな)」
セラフはインベントリを操作して剣を取り出す。
今回取り出したのはキラキラと輝く美しい宝石が大量に散りばめられた豪華絢爛な宝石剣である。
レベル100の時に受けられる特殊なイベントクエスト「宝石獣を追え!」というクエストの報酬である「煌の欠片」というアイテムを加工して作るものだ。
攻撃性能は皆無であるが魅力と幸運のステータスを上げる効果があるおもしろい剣だ。といっても必要になる場面が存在しないので倉庫の肥やしになっていたが。ちなみにこのクエストは100レベルになりさえすれば何度でも受注可能で全ての武器カテゴリに「宝石○○」と名のついた武器が存在する。
中級プレイヤーはこの武器をを作って売って作って売ってとひたすらマラソンするのがテンプレだ。
まぁ、上位冒険者はそれでも足りないのでまた別の方法を使うが。
倉庫から直接召喚して改めてその姿を確認したが本当に美しい剣だ。ふつうここまで過剰に宝石を使用したら逆に野暮ったくなってただの成金趣味のような剣になってしまうが宝石の一つ一つが互いを高め合い美しさを増長させている。奇跡のようなバランスの剣だ。鞘でこの美しさなら剣の本体はどうなっているのか気になるところだ。
「この剣はいくらぐらいになりますか?」
参考に聞いてみる。
「こ、これは……!?美しい………ぬ、抜いても?」
「ええ、構いません」
その男が剣を抜くと中から現れたのは真っ青な刀身にまるで炎が封印されているかのような赤が存在を主張している剣だ。
刀身には規則的な線が金網のような具合に刻まれている。
「なん……と……」
男が声を出せずに固まっている。
自分も初めてみるが本当にきれいな剣だ。これで実用でないというのが口惜しい。
「それでいくらぐらいでしょうか?」
「そ、そうですね。自分では測りかねますので店長を呼んできます。しばしお待ちください……」
いつのまにか普段の調子が消え落ち着いた声になっている。
しばらく待つと先ほどの男を後ろに控えた仕立ての良い服にモノクルをつけた40代ほどのが男が出てきた。丸くなっているちょび髭がトレードマークである。
「お待たせして申し訳ありません。私、このヴォルト商会の総支配人であるヴォルトと申します」
「先ほどは名乗らずに申し訳ありません、デントと申します」
この商会のトップである男はヴォルト、先ほどの男はデントというらしい。先ほどと違ってにやけた顔が消え真面目な顔になっている。
「ああ、これはご丁寧に。セラフと申します」
「セラフ様ですね。いや見た目に違わず名前もお美しい」
「あは、は、お上手ですね」
「いや、どうも。いきなりですがその剣を見せていただいても?」
「はい、どうぞ」
セラフは鞘に戻していた宝石剣をヴォルトに手渡す。
ヴォルトは丁寧に剣を受け取りまじまじと見つめて「ほぉ……」とため息を漏らす。
「抜いても?」
「ええ、どうぞ」
剣を抜くのに許可を求めてくるあたり、こちらを実力者と見抜いているのだろうか?
「ふむ、”アナライズ”」
ヴォルトは魔法を発動するためのキーワードを呟く。
この男は鑑定魔法が使えるのか。
「………っ!」
鑑定の魔法を発動したヴォルトは額に汗をにじませながら剣を鞘に戻しセラフに返した。
「いやはや、……素晴らしい剣ですね」
「ありがとうございます。それで、どうでしたか?」
「値段の方ですが……不明です」
「支配人!?」
デントが信じられないといった風にヴォルトを見る。
「先ほどそちらの剣をアナライズで鑑定させていただきました。このアナライズという魔法はその武具がどんな性能をもっているか。どんな素材でできているかを見ることが出来る魔法なのですが……」
「?」
「見えませんでした……」
「見えなかったとは……つまり?」
「全てが見えなかったというわけではありません。いくつかの素材、ミスリルや翡翠結晶などは確認できたのですが……それ以外の素材はまったく見えませんでした。そして剣の性能にいたっては見ようとすると何やら溶けるような幻惑に見まわれるのです」
まぁ、魅了の力が内封されているわけだしな。
「つまり鑑定が出来ないので値段がつけられない……と?」
「というよりは鑑定が出来ないほどの超高級品と捉えていただいたほうがよろしいですね」
「なるほど……」
昔作りだめしてて処分するのを忘れてたやつが一杯あるんだが。
倉庫にそれと同じ武器が大量にありますよ、なんていったら卒倒しそうだな。
「そこでセラフ様。相談なのですが……」
「ん?」
「この剣を私どもの店で買い取らせていただきたい!」
「えっと?」
「もちろん相応の対価は支払わせていただきます!セラフ様がご来店の際に何か商品を買われる際は全ての商品を半額で提供させていただきます!」
「え~と、気持ちは嬉しいんですが……そこまでして欲しいものなのですか?」
「はい!いままでこの商会を経営してきて名工が打った様々な武具を見てきましたがこの剣に及ぶものは今まで一本たりともありませんでした。私もこんな店を経営しているだけあって様々な武具を収集してきました。そこでぜひともその剣を私のコレクションに加えたいのです!」
なるほど、この人もコレクターか。
まぁ、俺もそうだし気持ちはわからんでもない。
沢山あるわけだし一本くらいくれてやるか。
そうだ、せっかくだし選ばせてやろう!
「ええ、構いませんよ」
「!おお、ありがとうごいます!」
「では好きなのを選んでください」
「……はい?」
セラフはインベントリを操作し倉庫にしまってある「宝石」の名を冠した武器をとりだした。
セラフの周囲に煌びやかな装飾を持つ大剣、槍、杖、鎚、弓など数多くの武器が召喚される。
先ほどの一本だけでもかなり驚かされたというのにそれと同じような装飾を持つ「美しさ」を体現した武器が何本も召喚されてヴォルトたちは空いた口が塞がらないといった様子だ。
だが計り知れない価値と美しさを持つ武器達が唯の引き立て役になっているのはいうまでもないだろう。
「な、なん……と。これは……!」
「どれがいいですか?」
「そ、そうですね。やはりその剣をいただきたいです……はい」
ヴォルトはセラフが握っていた剣を指した。
「わかりました。どうぞ」
うやうやしく剣を受け取るヴォルト。微妙に手先が震えている。
剣を渡すと召喚していた武器達を倉庫にしまいこんだ。
「お、おいデント。例の書類とカードを持ってきなさい」
「は、はい只今!」
ヴォルトの声でようやく正気を取り戻しデントは奥に引っ込み何やら書類と金属のプレートを持ってきた。
「それではセラフ様。この書類に署名と血判をお願いしたいのですが」
「わかりました」
言われた通りにセラフは書類に名前を書き指を少し切って血判を押した。
ヴォルトはその書類を受け取るとそれを何重にも折り畳みプレートの上に置いてなにやら呪文を唱える。
すると書類が燃え上がり、次にはセラフの名前とヴォルトの名前が刻まれた青いプレートが残った。
「これでセラフ様の登録が完了しました。偽造が出来ないようにセラフ様の魔力を通した時だけ表示されるようになっています。このカードを店の者に見せれば事情を理解して私が提供したサービスを行ってくれるでしょう」
そういうとヴォルトは丁寧にカードをセラフに渡す。
この辺のシステムは冒険者ギルドとかでも見たな。おそらくは重要な契約などはこれが主流なのだろう。
「ありがとうございます!」
「いえいえ、礼をいわれることはしておりませんよ。むしろこちらが一方的に得をしてしまったといってもいいほどです。セラフ様はこのあとどうされますか?よければ私が店を案内しますが?」
ふむ、なんだかいろいろと都合してもらったし誘いをうけとくとするか。
「ではお願いします」
「よろこんで」
セラフはヴォルトに店を案内してもらえることになった。
「いまさらな質問になりますがセラフ様は冒険者なのですか?」
時間はちょうど昼だ。
店を色々と案内してもらった後少し話をさせてほしいと言ってきたので、特に断る理由もなく了解して今に至るというわけだ。
一応店の商品は色々見て回ったがこれというものも特になく、何も買わなかった。その間もヴォルトは一生懸命に説明をしてくれたが。
「ああ、はい。そうですよ」
場所はこの建物の三階にあるヴォルトの個人部屋についている広々としたベランダだ。
自分とヴォルトのそばにはメイドが控えている。テーブルの上には美しくも食欲をそそる料理が置かれている。
「ほう、やはりというべきかまさかというべきか……」
「どういう意味です?」
「いえ、あなたほどの美しさを持つ女性には今まで出会ったことがありませんでしたから……最初はどこかの貴族様の娘かと思いましたが服装が簡素なものでお供もいなかったので。」
「なるほど」
「この街にやってきたのは最近なのですか?あなたのような女性ならすぐに噂が流れるはずですがそんな噂も聞かなかったもので」
「はい、つい一週間ほど前ですかね?この街にきたばかりなんです」
会話をつづけながらもセラフはもくもくと食べる。自分で作ったものも美味しいが簡単なものしか作ってなかったので複雑な味をした料理がおいしい。
「やはりそうですか。この街に来る前はどちらに?」
「冒険者ギルドには登録せずにふらふらと冒険……というよりも旅をしていました」
「なるほど……先ほど見せてくださった数々の武器はその旅で集めたのですか?」
「え~と、まぁだいたいはそうなんですけど先ほどの武器は違います。あれは自分で作りました」
セラフは料理スキルよりも鍛冶のスキルの方が高い。誰かに作ってもらっても自分で作っても性能に変化は起きたりはしないが高レアリティのハンドメイドウェポンは製作者の銘が入るのだ。セラフは自分の名前が入った武器が欲しいという理由だけで鍛冶スキルを上げていた。
まぁ、宝石剣を作って売ってのループで金儲けをしようと思ったらある程度鍛冶スキルを上げて自分で作った方が早くて安いからという理由もあるからなのだが。
「な、なんと!?セラフ様はご自分であの剣を打ったと言われるのですか!?」
「はい、そうですよ」
「なんとまぁ……天はあなたに二物も三物も与えたようですな……」
少し額に汗を浮かべるヴォルト。ひょっとしたら自分が抱えている鍛冶師よりも遥かに腕がいいのではないかと考えがよぎる。
「セラフ様。あなたのランクとレベルは如何ほどでしょうか?」
「ええと、Eランクでレベルは不明ですね。これが証拠です」
セラフから渡されたギルドカードを見る。確かにEランクだ。だがレベルが不明とはどういう訳だ?
「レベルが不明とは……そんなこともあるのですね。セラフ様は武器を作るときに素材はどうやって集めているのですか?」
「そんなもの全部自分で集めているに決まってますよ。昔は友達が譲ってくれたりもしましたが今は完全に全部自分ひとりですね」
「ならばやはりあの剣も……?」
「そうです。数種類の鉱石と特殊な魔物の素材を混ぜあわて作ってあるんですよ。もちろん自分が倒しました」
なんともまぁぶっ飛んだ話だ。
その道のプロフェッショナルというものは一つの道を究めるだけで精一杯だがこの目の前にいる女性は戦闘も鍛冶も全てこなせるという。実力のほどはわからないが恐ろしく強いということも直感的に理解できる。
おまけにここまで美人だともはや文句を言う気にすらなれない。
「いやはや……凄まじいですな……」
「そうですか?」
ぜひとも自分の商会に引き込みたい。それが出来なくともこの女性、セラフとは可能な限り縁を作っておけと商人としての自分の感がこれ以上ないほど強く訴えている。
「セラフ様。もしよろしければ自分の商会にはいりませんか?最高の待遇とサポートを約束させていただきます!どうか!」
ヴォルトが真剣な眼差しでセラフを見つめる。
「う~ん、魅力的なお話ですがご遠慮させていただきます。私はどこかに所属する気はありませんので」
「そ、そうですか……」
「ですが」
「はい?」
「依頼ならば受けさせていただきますよ。私は冒険者ですからね!」
「おお!ありがとうございます!何かの折りにはセラフ様を名指しでクエストを頼むことがあるかもしれませんが構いませんか!?」
「なんどもなんども休みなしで来られたら困りますけど……余裕があるときは受けてあげますよ」
「ありがとうございますセラフ様!」
ヴォルトとしては望外の喜びだ。
この常識では測れない存在であるセラフを余所に取られないように独占したかったが、まぁ仕方ない。
そもそも自分の商会ですらセラフという存在は収まりきらないだろう。
それに都合があえばクエストを受けてくれるといったのだ。確約でなくともこれはおおきなチャンスだ。
いままで手に入らなかった希少素材もこの女性ならば手に入れてくれるかもしれないと考えると心が躍る。
いつか一本剣を打ってもらおうとさっそく心に決めたヴォルトであった。
「それじゃご飯も食べ終わったし私はそろそろいきますね」
「わかりました。何か有事の際には私どもの店にお寄りください。全力でサポートさせていただきます!」
「ありがとうございます。それでは」
ヴォルトとセラフは最後に握手を交わし。セラフは店を後にした。
西大通りの散歩はもう少し続きます