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大晦日

12月31日、僕はこの日を複雑な気持ちで迎えた。

 それというのも2012年を僕は2つの日々を過ごしていたからだ。


 1つは最高の日々。どんなことにも前向きで未来を、希望を信じて躍動した輝くような日々。


 もう1つは最低の日々。 すべてのことに絶望して、生きることすら辛く、地獄の方がまだ救いのあると思える程の日々だ。


 前者は半年で終わり、後者は今も続いていて、いつ終わるとも知れない。


 僕には彼女がいた。本当に大切な人だった。


 付き合い始めたのは、去年のクリスマス。 告白は彼女からだったが、僕も彼女のことが好きだった。 

そして2012年の約半年は僕にとって人生の中で最もすばらしいものだった。


 付き合い始めての初めてのデートに、日が昇る前に待ち合わせて初日の出を見た。 太陽の燃えるような緋色は宝石のように美しく、そしてその光に照らされた彼女の横顔はそれ以上に美しかった。


 そして帰り道に寄った初詣では、二人して凶を引いた。 初めて見た凶に、逆に少し興奮した。


 バレンタインにはもらう方が恥ずかしくなるような可愛くデコられたチョコをもらった。 味は…何故か塩っぱかった。


 春になると並んで桜を眺めた。 桜が舞い散る中、幸せそうに笑う彼女はさながら一枚の絵画ようだった。


 桜が散るとよくピクニックに出掛けた。 彼女の作るサンドウィッチの味は今でも忘れられない。 ……辛かった。




でも、そんな彼女はもういない。 僕が大切な人を亡くして半年になる。





 あの日……六月二日は雨だった。彼女は僕の家に遊びに来ていたが、夕刻に学校の課題を思い出し家路につくことになった。


 僕は駅まで彼女を送っていった。 彼女は電車で家の最寄駅まで行き、そこでスクーターに乗って帰る。

 駅と彼女の家はそれなりに近い。 何も危険はないように思った。 しかし…事故は起こった。


 ここからは彼女の警察の説明を受けた彼女の両親の話になる。


 日が落ち、さらに雨天のため視界が悪かったため、彼女は飛び出してきたトラックに反応が遅れた。 急いでハンドルを切るも路面は濡れていてスリップ。 

 スクーターもろとも5mも飛ばされたそうだ。 すぐに救急車が来たものの、病院に着いた時には到着時死亡と呼ばれる状態になっていた。


 僕は彼女の死の一報を受けたとき、全く信じようとはしなかった。 駅の改札を笑いながら通っていった彼女の顔が鮮明に思い出された。 しかし、病院の霊安室で彼女の遺体と対面したとき現実を直視した。 そして泣いた。 人生で最も長く、大きな慟哭だった。

それ以後、僕は死んだように生きてきた。 当然だ、僕にとって彼女は光であり道標であり、帰る場所だった。 たった半年、長い人生から見ればほんの一瞬の事なんだと思う。 しかしその一瞬の間に僕は彼女がいなくては生きられなくなっていた。 僕の先に道はなく、ただ真っ暗なそして底のない闇の中を落ちていくだけの日々だった。


いつ終わるともしれない闇の中で僕は今日、一年を終える……。






僕は大晦日の夜、一人明かりのない山道を歩いていた。 


 世間はこの時間に、なんのテレビを見るかで揉めている頃だろうが、僕は一切興味がなかった。 どんな歌も僕の心には届かず、どんなネタも僕を笑わせることはできないことを知っていた。 あれから半年、この世のもの全てが空虚なものとしか思えなかったのだから。


 と言って、僕はここに人生を終えに来たの訳でない。 この山道は一年前、付き合う前の彼女とよく登っていた道だ。


 道幅は曲がりくねって狭く、二人並ぶと一杯になってしまう程しかない。 一年前は肩が木々に擦れたものだが、今では余裕がある。 しかし、そのことが嫌でも深い喪失感を与えてきた。

 僕は、この山の頂上にある小さな展望台に向かっている。 そこは街の光が遠く、周りが開けていて空が広いため、付き合う前から二人してよく星を眺めに訪れた思い出の場所だ。 半年前から一度も来ていなかったが、今日は何故か自然とあの場所へと体が動いていた。 もうあそこには誰も待っていないはずなのに……そう思うと僕はまだ彼女の死を受け入れられないのかと苦々しく思った。


 山道はやがて長い階段となり、うねりを増していく。 傾斜も急になって、息がだんだん上がっていった。 空気を吸い込むたび、肺に刺すような寒さの空気が入り込んでくる。 気温は年越し寒波のせいか氷点下に達しているはずだ。 地面にも気はついていないが霜が降りているのだろう。 そんな状態でも僕は足を止めようとは思わなかった。

明確な理由は思い浮かばないがこれもまた、この山を登るのと同じことだと思えた。


 10分くらいだろうか、長く急な階段を上り切ると同時に視界が晴れた。 同時に頭上に無限の星空が広がった。


 星々は一つ一つが力強く輝き、手を伸ばせばどといてしまうほど身近に感じる。 それでいて、空は怖いくらいにどこまでも広がっていた。  雷に打たれたかのような電撃が走り、全身の鳥肌が立つのがわかった。 半年ぶりの星空は僕の想像を遥かに超えた力を持っていた。


 これが星空か……僕は初めて星空を知った気がした。  彼女がいた頃よりも激しく僕を揺さぶっていた。


 展望台の中央に立つと、ほぼ360°全ての空が僕の周りに広がっていた。 吹きすさぶ寒風の鋭い音と共ににプロキオン、シリウス、ベテルギウスの冬の大三角が圧倒的な力で周りを席巻し、アルデバラン、ポロックス、カストル、カペラが負けじと瞬いている。 名も無き星たちも集まり合うことで力強く自己主張を続けていた。


 ここにある全てのものが生きていると思った。 星も風も大地も……この場所を創り出す有りとあらゆるものが生きていると思った。 理屈なんていらない、本能が僕に雄弁に語り、しっかりと理解できた。 これが生か……唇から漏れた声が風に攫われた。

 僕は腰を下ろした。 ここにずっといたかった。 新鮮だった。 半年もの間、死んだように過ごしてきた僕にとって最も欠けていたものがここにあった。

 勿論心の傷は癒えていない。 しかし、それは当然なのだと思った。 あの日々は決して何も替えられず、彼女は何にもまして大切だった。 これほどの喪失感が半年やそこらで無くなるはずがない、彼女はそんなに軽いものじゃない。

 これが癒えるのは10年…いや、もっとそれこそ永遠に続くだろう。 でも、今は少しだけ前に進める気がした。 


 仰向きになって星を眺めたい……そう思った時だった。


 ゴーン……ゴーン……。


 遠くから風に乗って鐘の音が聞こえてきた。 除夜の鐘を鳴らし始めたのだろう。


 その音は低く、脈打つように世界に響く。 星々はその音に応答するように一層激しく瞬いた。




 もうすぐ今年が終わる……。




 たくさんのことがあった……本当にたくさんのことがあった一年が終わりを迎える。

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