☆家族
家へ一歩踏み入れると、女の子特有の高い声が響いていた。
何だろうと思いリビングへ向かうと、
「あ、おにぃお帰り」
花音が部屋に入るなり笑顔を見せてきた。その瞳はまるで『新しいおもちゃ見つけたよ。すっっっごい可愛いんだよ☆』って感じに煌めかせていた。
すると次に、
「か、かぇ……ぇで、お、おかえ……り」
「はっ⁉」
次に現れたのは空だった。
空なのだが――なんでメイド服着てんだ? しかもやけに露出が激しくて、フリフリとしたのがついてる。今のメイド服ってこんななのか? ってか、上も下も結構ぎりぎりまでいっているな。そのせいか、空の動きもどこかぎこちない。それでも、腕に付けていた二つのリングは外さず、大切そうに腕に通している。
「ククク……わが眷属よ、これは魔人『ゾルガルロ』の波動たる力よ」
闇バージョンの花音が訳の分からないことを言う。
いろいろ突っ込みたいことはあるが、今はそんなのどうでもいい。とにもかくにも、まずは空だ。何でこいつはこんな格好でリビングに?
今まで頭を支配していた『?』マークを心の闇へ落とし、空を見つめる――ごめ、反則的にかわいいわ。
そんな俺の心を読んだのか、
「ぷぅー、おにぃ、のんは?」
横からやけにかわいい声が聞こえたなと思うと、空より少し小さい高さで変な人間がいた。
見ると花音はメイド服、いや、黒のゴスロ………………うん、メイド服を着ていた。
花音はクルッどこかのファッション雑誌モデルみたいにその場で回った。
「お前も着てたのか」
「ありえないんだからっ!」
ぷぅーと頬を膨らませすねる花音。そのまま部屋の隅に行き、花音ぴったりの四角、名付けて『cry the flower』へ。
「ちなみにお袋は?」
なぜか居心地悪い状況を打破すべく、話題を変える。
すると空が『虚しい、全てが虚しい』といつか聞いたセリフをモジモジしながら言い、奥にある和室を指差した。
なぜか無性に高鳴る心臓を抑え、気持ちを落ち着かせる。一度振り返ると、空がモジモジしながらメイド服で一生懸命足を隠そうとしている。横を見れば花音が『cry the flower』で『おにぃのバカ、あほ、べ、別にあんなのどうでもいいんだから――ククク……わが眷属よ、主は我の生贄になりし種族……兄貴のバカ……』みたいな感じでショート寸前。
頼みの綱はお袋。何とかしてくれ。
ピシャリとふすまを開ける。
「え」
「は、は……話しリターンすんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――」
ふすまを開けると中では大きな紙に『空ちゃん計画』とデカデカと書かれた題名。そしてその下には ずらりと並んだ日程表みたいなの……うん、こりゃ今日ケンカするな。
俺はリビングにあるテーブルのイスに座る。同時にちょいちょいと二人を呼び、同じように座らせる。花音に至っては『おにぃ、何するつもりなの?』みたいな瞳で見てきたが今はそんなの関係ない。
「で、つまり空の可愛さに二人ともやられたってことだな?」
単刀直入で聞いてみた。
「のんっ」
「そうなの」
すると、この質問が来ることを知ってたかのように花音とお袋が答える。
「で、住んでもいい代わりに花音からはメイド服やゴスロリもの、お袋からは家事の手伝いとメイド服を……ってことだな?」
「のんっ」
「そうなの」
またも二人の声が答える。特に花音の方は一度目より大きく答えた。
話によると、今、空が着ている服は大方の予想通り、花音の私物だそうだ。まぁ、普段から来ていたりするからそこはいいとしよう。ただ問題は次だった。空があの後部屋で状況を説明したらしい。そこでまさかのお袋もメイド服を注文してきやがった。用は家にメイドさんが欲しいって事らしいのだが……家の家族壊れてね?
「一つ言わせてもらおう」
プルプルと震えるこぶしを何とか抑えつつ、しかし、それもいつかは爆発する。
「お前らアホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――」
太陽のプロミネンスのように体から熱気があふれる。
ハァハァと荒れる息を整え、気持ちを落ち着かせる。
とりあえずどうするか。空の服を何とかするか、それともこいつらをまず反省させるか。
「けど」
と、逡巡しているうちに花音が口を開けた。
俺が叫んだせいか、はたまた狙いなのかは分からないが、ツンデレでも闇バージョンでもない普通の話し方だ。指をクルクルと回し、窺うようにしてから、
「働かざる者食うべからず」
あたりは静まり返り、ドーンと決まった花音の一言に頷くお袋。
確かにそうかもしれないが、良いのか空?
なんて思いながら視線を空に飛ばすと、
「うん」
と、納得していた。
今の空の胸臆はどうなのだろうか。不安、疑問、恐れ、喜び、いろいろあると思う。俺が知っている言葉では表せ無いほどだろう。
たった一つ言えることは、我が家にメイドさんが来てしまった……
今日から我が家は普通でなくなった。