☆空の過去……
さて、前門の不思議ちゃんは置いといて、あとは二階の迷える子猫ちゃん。
訊きたいことはかなりある。特に大事なのはどうやって生きてきたのか。世の中そんなに甘くない。中学生、高校生なんかじゃ仕事もろくにない。それこそヤバイとこと絡んでなきゃダメかもしれない。昨日のことからして親は……いないのかもしれない。名前すら分からない。恐らく捨てられた、不幸が重なり(事故とかで)空だけが残ったとかそんな事かもしれない。
それでも今の空がいるということは育ててくれた人がいるはずなんだ。なのに、何であんな悲しい顔して空へ行きたいのか……答えは分からない。そんなの本人にしか。
階段を上がり、部屋へと入る。
空はあたりをキョロキョロとしていたが、ベッドに座っていた。
「ほい」
とりあえずお茶の入ったコップを手渡す。
そしてそのまま横に座り、まず今一番訊きたい事を訊いてみる。
「何でここに来たんだ? ってか何でここだと分かった?」
「……初めて、分かってくれたから……それとあの後尾行した」
「へぇ……って尾行⁉」
おいおい、どこの刑事だよ。しかも昨日の別れって俺が耐え切れなくなったやつじゃねぇか。
「んじゃ次、今までどうやって生きてきた?」
「?」
空は首を傾げる。
「だから、空は今まで誰に育てられ、どんな生活をしてきたんだ?」
「……」
「黙ってても分かんねぇぞ。確かに言いたくないこともあると思うけど昨日の事があって放っておけな
いんだ。だから――」
「分からない」
俺が言葉を続けようとした時、横でうつむき、蕭蕭と告げた。
「え?」
次に黙るのは俺の番だった。
空の言った言葉が何度も頭の中を周回し、まるでメダ○ニにかかったように混乱する。
横では空がコップに口をつけ、お茶をちょびちょびと飲んでいた。
「えっと……分からないってのはどういう事だ?」
「分からない」
分からない理由すら分からない。こりゃ本格的に探偵でも雇うか?『この子の素性は一体全体何だ?』みたいなので。けどここにいるのは探偵でもなんでもない俺。自分の力でしか解けない。
「じゃあ昨日の事は覚えてるか?」
「うん」
じゅるっとお茶を飲みつつ言った。
「じゃあ一昨日とかその前は?」
「……分からない」
瞳を閉じ、少し口元を咎めながら言った。
昨日の事は分かり、それより前は分からない。そんな事があるのか? いや、ある。ただものすごく可能性は低く、絶対そうであってほしくない答え。けど、もしこれがそうならどうすればいい。告げたとしてもその後どうする。俺は大人じゃない。考えも拙い。だからこそわからない。
窓の外を見ると煌煌と輝いていた空はすでに闇への一歩を踏み出していた。まるで今の気持ちと同調するように。
一階から玄関のドアが開く音がした。たぶんお袋が帰ってきたのだろう。
「空」
俺は覚悟を決め、重い口を開けた。
空が返事をする代わりにじゅるっとお茶を鳴らす。
「お前は記憶喪失しているのか?」
「ほぇ?」
意外な言葉に空はコップを落とす。
「あーあ」
中にあったお茶が紙に落ちた雫のように広がる。それを近くに置いてあるティッシュで拭く。
「自覚無し?」
「……うん」
何だよこの事実、これじゃまるで俺が空の中にあるページを動かしたみたいじゃねぇか。けどこれで都合が合う。この世界を嫌い、親すらも分からない。つまり居ない。居ても空を探していない。探しているならば警察とかいろいろと手がある。なのに捕まらず今、こんなところにいる。浅い考えかもしれない。けど分からないんだ。俺にも空にも。
俺は床を拭きつつ顔を上げた。
するとそこには昨日と同じ淡い青のワンピース。そこから白く細い足が伸びていた。顔が熱くなるのが分かり、視線をそらそうとしたが、ふと戻してしまった。膝小僧から足先、気になり上を見ると腕、両方に痛々しい傷跡がよく見ないと見えない程度であった。昨日とさっきまでは気付かなかった。空は今まで、ジャングルジムから飛び降りるようなことをしていたのかもしれない。
何者でもない自分の存在を消そうと……
「ちっ!」
軽く舌打ちをする。
誰の心にも闇はある。どんなに良心で正義感あふれる人でもほんのわずか不を考えた瞬間、闇は知らずの内に心に潜む。けどそんなの関係ない。こんなに自分に腹が立ったのは初めてかもしれない。
実際俺に責任はない。ただ、女の子ひとり守れない、力になれない自分の無力さに。