☆仲間
早速だが、人にはそれぞれピンチを現実にした事があるだろう。
例えばテストの点が低くてヤバイとか、例えばビルみたいな化け物に出会ったとか……いやそりゃ無ぇか。と、とにかくそんなピンチはそれなりに生きていればあっただろう。そんな時どうやって解決する? 事情にもよるだろうが謝ったり、相手の条件をのんだりするのが普通だと思う。ただ、俺も今そのピンチに出くわしたのだが……まったくどうすりゃいいか分かんねぇ。俺死ぬのかな……? 死ぬの? よし、まずは数分前にさかのぼろう。
☨ ☆ ☨
「楓、ショートホームルーム終わったよ……って何考えてんの?」
「……」
「楓?」
「ん、おぅ何だ?」
「何だってボケてんの?」
「いや、おぉっと分かった分かった」
俺はボケた頭をシャッフルして整理する。
とにかく一度頭の隅に置いとこう。そう思いながら机の中の教科書やらをカバンに入れる。
あたりに人影は少なく、時計の針もすでに四時過ぎといつもより十分経っていた。廊下からは女の子の高い声や、跫音が響いている。横を見るとグラウンドで野球部や陸上部、テニス部などが汗水流し必死に頑張っている姿が何か希望のように感じられる。
「んじゃ帰るよ」
「おーぉ」
そんな彼らを尻目に、右手を挙げて腑抜けた声を出す。
奏仁奈。
長い黒髪をカチューシャで留めているのがアクセント。背はスラッとしていて顔も結構かわいい方だと思う。こいつとは家が近所で、近くにある公園でよく遊んだり親同士の仲も良い。 いわゆる腐れ縁ってやつだ。昔からフランスに興味があり、フランス語を勉強してたりもする。
教室から出たとき、今まで限られた空間から少し大きな空間になり、圧迫感が少し無くなった。
すると、仁奈は何か思い出したようにポンと手を叩いた……なんか古……
「そういえば私、先生に呼ばれてるんだった」
「忘れてたのか?」
「ん~……まぁね。仕方ない今から行ってくるから門で待ってて。すぐ終わると思う」
「あいよ」
そう答えるとニコッと微笑み早足で去っていった。正直、仁奈のあぁいった表情はドキッとする。そりゃ高校生だしな。
少し歩き下駄箱で靴を履きかえる時、ふと思い出してしまった。
昨日の事を。
今日は一人になるとその事ばっかりでさっきもその事を考えていた。名もない少女、星乃空と名付けた。この世界は虚しいと叫ぶ少女、俺が光になると誓った。もう会わないだろう少女、ただ気になってしまう矛盾。当然そんな事を考えても、まずまた会うところから始めないと意味がない事は犬でも分かるだろう。
だだ、どうしても浮かんでしまう。
今思えば名前が無いなんておかしい。あの子、空はこの世界にいるのだから産んだ親もいるはずなんだ。なのに……おかしいだろ。
門にもたれつつ仁奈を待っていると見知った男が下駄箱から出てきた。そいつは俺に気づくや否や大きく手を振り近づいてきた。
「よーぉ」
「おーす」
「ひーさしぶりだな」
「はっ、まだ二十分も経ってねぇだろうが」
「だーな」
二人してバカな会話をしつつ時間をつぶす。
神間蓮。
オレンジ色でツンツンした派手な姿に恵まれた体躯。運動はかなり出来、どのスポーツもそれなりにこなす。特に、部活こそ入っていないが、バスケは相当なもので、バスケ部相手にも引けを取らない。そのためバスケ部にたびたびレンタルされ、センターとして活躍中。首には十字架のネックレスをし、あとなぜか最初の言葉を伸ばす。蓮は繰り返し流れる世界で男として唯一深い中を持つ、いわゆる親友だ。
「んーで何してんだ」
「いつもの事だよ」
「なーる、奏ね」
またかと言いたげに言う。それがなんだってんだ。
「かーえで、ホントにいいのか?」
「何がだ?」
鞄に入れていたペットボトルのお茶を飲みつつ聞いてると、
「かーえでって奏と付き合ってんだろ?」
ぶごぉっと盛大に吹き出した。きーったねーと蓮が騒ぐがこれもお前のせいだろうが! ほら見ろ、周りからは変な目で見られてるじゃねぇか。
アスファルトに落ちたお茶がしみ込んでいく中、ゴホゴホと喉の調子を整えていくと、
「だーってお前ら一緒に住んでるって噂だぞ?」
「ごばぁ」
次は器官思いっきり唾液が流れた。今、何だって?どこからそんな間違った情報が流れてんだよ⁉ まず俺らは高校生だ! んなふざけた事があるわけねぇだろうが。
「誰がんな事言ってんだ⁉」
「えー……クラス八割くらい?」
「うそぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ⁉」
ありえねぇ……おれにとっちゃノストラダムスの予言以上に驚きだ。おいおい、って事は今が五月半ば……そんなクラスに一ヶ月もいたのか……死にてぇ……
「あいつとはただの腐れ縁だ!」
空気を切り裂くように強く言うと蓮はニヤけた。正直きもいが、こういう事って強く言えば逆に疑わ
れやすいんだよな……何でだろうな。
「むーこうはそう思ってないかもよ」
「? どういう事だ?」
「だーから――」
蓮が言葉の意味を言おうとした時、横から小さく舌打ちする音が聞こえた。視線を横に飛ばすとそこには仁奈が顔を少ししかめつつ、笑みを絶やさないようにする姿があった。
「おーぉ奏じゃん」
「う、うん」
仁奈の意味ありげな言い方に対し、蓮が明るくふるまう。俺と蓮、仁奈は同じクラスのため、よく一緒に居たりもするが、つーか仁奈って蓮のこと嫌いなのか? 少なからず好き……ではないよな。
「用終わったか?」
さっき、先生の所に行ったため、訊いてみると『うん』と返ってきた。
「んじゃ帰っか」
「うん」
「じゃ、蓮、俺ら帰るわ」
「おーぉ末永くお幸せにな」
「ははは」
笑いつつ踏み出していた一歩を強制的に蓮の方へ。笑いつつ腹にシャレで一発入れる。威力の方はシャレではない。
門を出て二人並んで帰りだすと夕日が煌煌と輝いてきた。それでも決して眩しいわけでもなくちょうどいい。
俺と仁奈の家は学校から約十分の所にある。学校からは先に俺が着き、その一分ほど歩くと仁奈の家だ。そしてその帰り道にあの公園がある。昨日空と出会ったあの公園……
歩いているとすぐに俺の家が見えてきた。
普段なら何もなくさよならだったり少し話すくらいだけど……ねぇ…………何でいるのかな? 今日一日悩んでたやつが何でいるのかな?