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夜空。
星がちらほらと街を包み月も姿を現した日に、そのはるか下にある姿を見た。
それは殺風景ながらも妙にマッチしていてまるでその光景が本当の真実に思えてくる。
風に揺れなびく髪、スラッとした体躯。どこの誰だか知らないがこんな子は生まれてから一度も見たことがなかった。
☨ ☆ ☨
それは昨日のことだった。
俺、紅楓は近所の高校に通う普通の高校一年生。
一日の授業を終え、そのあと普通に友達とどこかへ寄り、家へ帰り宿題をやって、ご飯を食べゆっくりしていると、十時くらいにコンビニへ寄りたくなった。理由は特にないがあるだろ? 不意にどこかへ行きたくなるのは。この日もそれだ。
ここからだ。このストーリーは……
家からコンビニへ行く途中には1つ公園があった。ブランコ、滑り台、小さなジャングルジムとそれなりに大きな公園だ。
昼間など明るいときには隅に花壇があり、多くの花が植えられている。この辺はお年寄りも多く住んでいるため、その花たちを眺め、心を落ち着かせにやってくる人も多い。そんな公園を照らすのは中に設備されている大きなランプみたいなもの。
そんな公園に俺はふと目を向けた。
すると、
「虚しい。本当に虚しい」
なんて言う滑り台に立つ少女を見つけた。
普通なら聞こえたりはしないだろうが、それが耳に届くってことはかなり大きな声だったのだろう。
「なんだ……あの子は」
なんて独り言を呟きつつ公園へ入っていく。
辺りは車のエンジン音やクラクションなどが響いているだけで静かな世界へ移り変わっている。普段きれいに咲いている花たちも闇と言う1つの力によって今は美しさのかけらもない。
公園の中を歩き、近づくにつれ少女の姿が鮮明に見えてくると、ポンと二つの思いが頭に流れてきた。
一つはなんつーか……単にかわいいだった。
電灯のおかげわずかに見える程度だが、髪は銀色に少し混じった青。目はパチッとしていて一つ一つの動作に気品あふれる感じだった。腕には何かリングを左右一つずつ通している。
そしてもう一つは胸騒ぎ。
なぜか普通じゃないと頭が全身に信号を送る。ピリピリとする不思議な感触。心臓の高鳴りは大きくなり、行くか行かないか逡巡してしまう。
それでもやっぱり俺は気になり、ついに少女の下、滑り台の近くまで来てしまった。
「虚しい。全てが虚しい」
空を見上げ呟く言葉。それにはあらゆる感情が込められているのが分かった。
「何が虚しいんだ?」
「っ⁉」
俺の存在に気づいていなかったのかビクッと少女の身体が震える。少女の顔がゆっくり下に俯瞰し、やがて視線と視線がぶつかる。
「……」
互いが何も言わない空気が流れる。
近くで見るとホントにかわいいな。夜空の中で輝く星の下に映える姿。暗いためわかりにくいが白い肌。そんな中時折見せる寂しい表情。
そんな少女に、
「名前は?」
と、いつの間にか訊いていた。何訊いてんだ、とか気持ちに整理がつかない。
「……」
少女は右腕のリングを抜き、その円内から再び空を見上げた。
「何が見えるんだ?」
さっきから執拗に空を見上げている。
俺は気になって滑り台の階段に立ち横まで近づく。
少女の反応が気になったが特に嫌な顔することなく、そんな心配は無用だった。
そして同じように右手で輪を作り空を見上げる。その狭い中には、暗くて闇の世界にあるわずかな空と星、そして角度的には見えないがあたりを照らす月がはっきり見えた。
「……ねぇ」
「ん」
空を見上げたまま少女が俺に話しかける。
今思うと声までかわいい。その……なんていうかお姫様みたいなそんな感じ。作り話の中にいて、ドラマチックな最期を迎えるヒロインみたいな。
それなのに、そのかわいい声は予想の斜め上をスキップして飛び越えるかのような変なことを呟いた。
「世界に……飽きちゃわない?」
「飽きる?」
「そう。毎日が同じ事の繰り返し……」
「……」
そうだ、そうだった、と俺は思う。そして思い出す。今までの生き方を。
小学生のころ、当時は純粋に子供の本能のまま遊んできた。友達と話し、ゲームをし、泊まったり、ときには喧嘩したり。そんな毎日が楽しかった。
ただ、
中学生になり、社会が少し解ると、
『中学、高校なんて仕事をするためのステップでしかない』
と思うようになった。
そして小学生のころ特に仲が良かった友達が都合上引っ越したことにより本当にその気持ちが強くなった。最初は『他校の人ってどんなだろう』とかいろんなことを期待したこともあった。
だがそれも崩れた。
ただ同じようなことの繰り返し。勉強、会話、勉強、遊び。友達はそれなりに出来た。それでもステップと思うと深く仲良くなろうと無駄。だから皆一定の距離を取りつつ輪に入っていた。そうする事で、互い傷つかず、つけることなく生きれる。
ただ……ただ〝何か〟が足りない。
今までの生き方に後悔はしていない。間違った考えだとも思わない。けどその〝何か〟が分からない。
だからこそ少女の気持ちも分かる。『飽きる』の意も。
だから、
「かもな」
一度は流した質問に嘲弄とかそういった気持ちとか全く無しに答える。
それに『そっか』と口を開き、小さく答えた。
「虚しい。全てが虚しい」
とまた言った。
「何が虚しいんだ?」
俺と少女は互いに目を合わせ、その後笑った。そう、最初の会話と全く同じだから。
「聞く?」
「モチ」
少女は微笑み、またドキッとさせる。滑り台をツゥーと降り、さらなる高みを求めるように横のあるジャングルジムの上に上る。そして頂上に上りきったとき、空に手を掲げた。ジャ
ラとリングが空へと音を鳴らしていた。まるで何かの合図のように。
「この世界ってさ、何もないよね」
「何もない……?」
「そう。全てが虚しい。この地は呻き、海は荒げ、空は轟く。山は嘆き、森は冷やい、人は寂しい……そしてそう思う私自身も……」
「……」
「だから虚しい。この地にはそういったものしかない。だから――」
「だから空へ行きたいのか?」
「え⁉」
「だってそうだろ? 気づいてないなら言ってやる。君は空を見
るたびに少し笑う。それってつまり空は虚しくないって事だろ? 世界を見るときは寂しい表情。けど空は笑う。空には君の求める〝何か〟があるんじゃねぇのか?」
さっきは少女の言葉に考えさせられた。そして次は俺の言葉で考えさせる。
私は空へ行きたいの? それとも世界で孤独を味わいたいの? ……違う。私はただ一つの光になりたかっただけなんだ。
そうつぶやく少女を見て、
「……」
自分の目を手で擦った。ほんの一瞬世界がぼやけ元に戻る。その瞳には少女の泣いている姿。いや、泣いてるというよりもグラスにためた水がいっぱいになってこぼれる。そんな当たり前みたいな光景が映っていた。
急に涙をこぼし出した少女を見て愁思する気持ちがあふれる。だが動けない。少し話しただけで見ず知らずの他人に何ができる? 何かしたところでかえって傷つけるんじゃ……? あらゆる感情の前に逡巡する自分が情けない。普通は男が何か力になってやるものなのに、分かっているのに動けない。
その時、
「あ」
「え?」
俺が空に指を向けると、少女は涙色の瞳を空に向ける。そこには一つの光、一つの流れ星が夜の空を迅っていた。先に何があるか分からない空を一人輝き迅る。
そうだ、そうなんだと心で呟く。
「なぁ」
「ふぇ?」
少女は驚きと不安混じりの声を漏らす。
「今ここでうじうじしても始まらないんだ。自分の感情のまま素直に生きるのがいいんじゃねぇの。まだ先ある人生なんだ。だから――」
「だから自分が私の寂寥感を埋める光になる……」
「……そう」
少女はぶわっと涙を浮かべる。それに俺はまだこんな所にいたのかとどうでもいいことを思いつつ滑り台を下る。