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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
おまけの章「ラミの木刀」
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第98話「湖の町」

「ゾウンは家に帰らなくていいの?」

 何気なく訊いてしまった言葉に、ラミは、まずかったかな、と後悔した。

 何か特別な意図があったわけではない。ただ単に、御者台上での会話が途切れたので、話をつなげるために訊いてみただけのことである。

「帰らなくてもいいのかと言われても、実質帰れないわけだからなあ」

「そうなんだけど……」

 それは本当なんだろうか。ラミにはその辺りが不審である。ゾウンなら、もしも本気で家に帰るつもりだったら、どんな障害があっても帰るような気がする。

「うちは、死にかけたじじいが一人いるだけだからな。オレにも、マナみたいに可愛い妹でもいれば、飛んで帰るけどな」

「ゾウンがお姉ちゃんと結婚したら、わたし、妹になるけど」

「ゾッとすること言うなよ。大丈夫だから、ラミ」

「何が?」

「お前の方が先にカレシができても、マナはきっと祝福してくれるさ。だから、マナを手近な人間とくっつけようとするのをやめろ」

「そんなつもりじゃないよ」

「そうか?」

「単に手近な人じゃなくて、手近ないい人とくっつけようとしてるの」

「オレよりサイの方がいい人だぞ」

「サイにもアピールしてるよ」

「手回しいいな」

「一人暮らしが長かったから」

 ゾウンの他の家族のことも訊こうかと思ったラミだったが、やめた。家族が祖父しかいないということは通常の事態ではない。他人に話したくない話であるに違いない。なので、別のことを訊いた。

「どのくらいしたら、ゾウンくらい強くなれる?」

「オレくらいに?」

「うん」

「そうだな。十年くらいじゃねえか?」

「……十年?」

「ああ」

「わたし、二十歳だあ」

「相手がいなかったら貰ってやるよ。ただし、性格が今のままだったらな」

「ゾウンはいつから剣の修行してるの?」

「生まれたときからだよ」

「え、本当?」

「本当。じじいが剣のことしか知らねえクソジジイだったからな。それに育てられたオレも剣のことしか知らないナイスガイになったってわけだ」

「十年かあ……長いなー」

「アレス程度で良かったら、三年くらいでなれると思うけどな」

「ええっ! アレスさんって勇者だよ?」

「思ってたんだが、どうして、あいつには『さん』をつける? オレやサイにはつけないのに」

「え……うーん、何でだろ。何となくー」

「アレスに気があるのか」

「気があるっていうかー、アレスさんのことは大好き」

「だったら、今あいつはフリーだから、チャンスだな」

「そういうのかな。ゾウンとサイのことも大好きなんだけど……さん付けする? ゾウンさん?」

「いや、いい」

 コーロという湖畔の町に着いたのは、もう少しで西の空がオレンジに染まる頃である。

 ラミはうきうきした。

 外で寝るのは苦にはならないが、やはり宿のベッドの方が落ち着く。

「お姉ちゃん、湖、見に行こうよ!」

 宿を決めたのちに、ラミは姉を誘った。

 湖を見るのは初めてである。

 ヴァレンスでは、市民は、ほとんど生まれ育った村や町から出ずに、その場所で一生を終える。それがどうだろう。今は異国の知らない町で、初めての湖を見ようとしている。ラミは、運命の不思議を感じずにはいられなかった。

「いいわ。行きましょう」姉がにこりとする。

「やった!」

 しかし、街路をしばらく歩くと、暗くなってきたので、湖を見るのは、翌日のこととして、宿に戻ることにした。

「ぶー」

「明日、来ましょう」

 宿へ戻ると、食事スペースには結構な人だかりができていた。宿の客だけではないようである。普通に夕食を食べに来た客だろう。

 仲間がいるテーブルに着いてしばらくしたときのことである。

 こちらに近づいてくる影がある。

 二十代後半ほどの妙齢の女性がしずしずと歩いてくる。

「人じゃないな」

 ゾウンがガブガブと飲んでいたジュースのグラスをテーブルに置いて言った。

「気配が異様だけれど、人じゃなければなんなの?」

 マナエルが言う。

符神(ふがみ)ですね」

 答えたのはサイ。

「なんだよ、ソレ?」

 ゾウンが訊くと、

「呪符魔術という魔術によって作られた偽りの生命です」

 サイが答えた。

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