第9話「相棒の微妙なサポート」
コウコの薄紅色の唇から、なにやら音楽的な声が上がるのを、アレスは傍聴していた。
なにせ自分に向かって唱えられたものではない。
しかし、フェイントということも考えられる――ズーマに向かっているように見せて実はアレスに攻撃するというような――ので、一応警戒はしていた。
先ほどアレスの呪文を防いだときの一件といい、コウコは大した魔導士である。
――いい感じに魔法を使えるんだなあ。
アレスは戦闘中であるにも関わらず、すぐれて牧歌的な感想を持った。
コウコが魔法を使えることは知っていたが、それほど大したものだとは思っていなかった。一緒にパーティを組んで戦ったこともあるけれど、そのときに彼女が使った魔法はかなり小規模のもので、本人も、
「魔法とは相性が悪いのよ。刀を振る方が簡単」
そう言っていたのである。
コウコの声が止まった。
同時に彼女の手にする刃がギラギラと光り出す。日の光を受けているわけではなく、自ら輝いているようだ。魔法の光である。非常に禍々しい輝きであるようにアレスには思われた。そういうヤな直感には自信があるアレスである。
刀を持って、コウコが走り出す。
アレスはそれをぬぼーっと傍観していた。
コウコが向かったのは、ズーマのところである。ズーマは客車の屋根部分から相変わらず眼下を睥睨している。客車のちょうどズーマが座っているところの下にあたる部分に向かって行ったコウコは、光の刀を思い切り振り下ろした。そこには、客車のドアがある。
直後、爆音が上がり、客車部分はドアもろとも綺麗に大破した。
ドアの部分を中心にして、客車がまるで、大口を開けた子どもにかじられた柔らかい果実ででもあるかのように、天井まで無惨にえぐり取られている。外から内部のソファがあらはに見えた。
客車を引く二頭の馬が、自分たちの後方でただならぬことが起こったことを感じて、ひひひーんと鳴き声を上げた。
すらりとした刀で、客車を斬る。
そんなことができるのはもちろん魔法の力である。
それもなかなかに強力な。
――魔法とどこが相性悪いんだよ!
幼なじみ同士みたいにぴったりじゃねえか、とアレスは思った。そうして、女の子はウソをつく生き物であるという普遍の真理を再認識した。
「礼はいいぞ、アレス」
「いいも何も言う要素が見当たらない」
「勝ち目を作ってやっただろう」
「勝ち目? なんかいよいよ無くなってきたような気がするんですけど」
「お前の目は節穴だな。だから、勝利もその目から抜けていくのだ」
「面白いね、そのしゃれ。笑えないけど」
客車大破の瞬間まで、その客車の屋根にいたはずのズーマがいつの間にか自分の後ろにいることについて、アレスは何もつっこまなかった。ズーマも何も説明しない。そういう二人の以心伝心的関係が、アレスにはとてつもなく残念だった。
「なんでそういう関係になるのが女の子じゃなくてお前なんだろうな。ていうか、せめてお前が女だったらなー。お姉さん的なさあ」
「妄想は後でいくらでもしろ。今は現実に戻れ」
アレスは言われた通りにした。ズーマの言葉に素直に従った形になったわけだが、別にいい子ちゃんになったわけではなく、アレス自身がそうする必要を感じたからである。
ぼろぼろになった元客車を後ろにして、コウコがこちらに剣を向けている。
その目を大きく見開き、瞳を爛々と輝かせて。
「まるで百年の仇を見るような目なんですけど」
アレスは言った。
それに対しての答えは無い。その代わりに、離れていく足音が聞こえてきた。
――オレもそっちの立場に立ちたいよなあ。
ゆっくりと近づいてくるコウコを見ながら、アレスは、巻き添えにならないように離れた自称「伴侶」を羨ましく思った。
ぎりぎり間合いの外で足を止めたコウコは、次の瞬間、思い切りよくアレスの懐へと飛び込んできた。しかし、それはいささか不用意な飛び込みだったと言える。アレスは、それだけで、コウコの意識が集中を欠いていることを悟った。自分を見ていない。
――なるほど、ズーマもたまには役立つもんだ!
コウコの剣はそれでも凡百の剣士相手であれば、十分に通用するものであったが、それは魔王と称される者を斬り伏せた勇者相手には全く通用するところではなかった。
荒々しく振り下ろされた剣をアレスは軽々と受け止めた。
剣は心で振る。
心が乱れれば、剣も軽くなる道理である。
チャンスは今しかない! そう思いながらも、アレスは心を逸らせなかった。その辺のトレーニングはいやというほど積んでいる。
コウコと体を入れ替えるようにして、彼女の刀をいなしたアレスは、そのスムーズな動きに体勢を崩した少女の首筋に剣先を突きつけるようにした。無駄のない美しい動きである。
「潔い女の子だよな、お前は。コウコ」
彼女の横顔を見るような立ち位置からアレスが言った。
コウコは答えの代わりに、持っていた刀の先を地に刺した。