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第88話「服喪の陰」

 その日から、アンシは政務を行わなくなった。

 王女が、粗衣を身にまとい、玉室あるいは祖霊を祭った廟堂において、先王を悼み、祈りを捧げるのみで、その他一切のことを行わなくなったという評判は、群臣の間を飛んだ。

 しかし、実際には色々とやっていた。

 勇者メンバーを援助し、竜勇士団を鍛え、各国の情報収集を行い、クヌプス反乱軍の残党を狩り、人材を発掘していた。

 それらは秘密裏に行われた。

 一年。

 それがアンシに与えられた時間である。

 この時間になすべきをなす。

――ヴァレンスを変えるために……。

 時間はたっぷりあるとは言えない。

 言えないが、やるしかないのである。

 コウコは、王宮に帰って三日後に、姿を現した。

「アレスはミナンヘ行く気はないようです」

 アンシが、事の次第を話してから、そう言うと、

「ヴァレンスは出るのね?」

 コウコが訊き返した。

 アンシはうなずいた。

「じゃあ、信用することにするわ」

「コウコ、何度も言うようですが――」

 アンシが続けようとした言葉は、遮られた。

「いろいろやるんでしょ、手伝うよ」

 アンシは、ふう、と息をついた。「分かりました。力を貸してください」

「うん」

 アンシはコウコに、王女の代人(だいにん)として、周辺諸国とのパイプ役を務めてもらうことにした。

「代人というより、まさに王女として振る舞っていただきたいのです」

 コウコの姿形は、アンシとそっくりである。

 時間はいくらあっても足りないのであり、コウコが王女の振りをしてくれれば、言わば、アンシの体が二つになったようなものであり、使う時間を倍にすることができる。

 コウコは十分に王女役を務めることができ、そのことについては以前、証明済みだったが、それはまた別の話である。

 喪中であるにも関わらず、コウコ扮するヴァレンス王女がお忍びで現れたら、諸国の主は驚くに違いない。

「頼みます、コウコ」

「分かった」

 早速アンシは一つ案件を頼んだ。

 喪に服す格好を取ってから、幾日も経たないうちに、サカレの父である第三位大臣のゴラが、辞職を申し出た。

 喪中であるので基本的に誰とも会わないが、大臣が職を辞する意ありと聞いては室内にこもっているわけにもいかない。

 アンシは謁見した。

「お畏れながら、近頃とみに病がちとなり、拝命した職を行うこと(かた)く、ここに、慎んで大臣の職をお返しいたします」

 そう言うゴラ大臣は健康そのものそうであり、とても病気があるようには見えない。

 しかし、その点を指摘するようなことはしなかった。

 ゴラ大臣の選択は、家族を慮ったものだろうと思った。それが証拠に、

「ご子息を次の大臣になさいますか?」

 という問いに、普通ならば「はい」と答えるところ――というのも、大臣は基本的に世襲制である――ゴラは、いいえ、と首を横に振ったからだ。

「不肖の息子しかおりませず、とても大臣の要職を務めることなどできようもありません」

 家族で領地に引っ越すという。

 すなわち、ルゼリアを出るというのである。

 賢明な判断である、とアンシは思った。

「一つお願いがあるのですが、卿」

「何なりと、殿下」

「サカレにもう少し優しくしてあげてください」

「…………」

「人はいつどうなってしまうか分かりません。愛しているということは、しっかりと言葉や態度で示さなければ、伝わりません」

「肝に銘じておきます」

 ケスチアの乱は、宰相グラディが自ら一軍を率いてケスチアを攻め、占領することで治めてしまった。報告を受けたアンシは、ネクロマンサーについて聞いてみたが、

「いえ、おかしな術を使う者はおりませんでした」

 という答えを得た。

 その後、グラディは、ヴァレンス国内に住む者で、ゴモンドラン卿に入信していないかどうかを調べ始めた。異端狩りである。そうして、ゴモンドラン教に入信していると分かった者には罰を与えた。

 それが功を奏したのか、ケスチアの乱以降、ゴモンドラン教関連の乱は起こらなかった。

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