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第86話「王都へ帰る」

「まあ、いいわ。言っても仕方ないことを言うのは無駄だからね」

 やはり沈黙を破ったのは、マナエルだった。

「いいことないだろう。どうすんだよ?」とゾウン。

「どうするもこうするも、お引っ越しですかねえ」これはサイ。

「どこ行こうかなあ」再びマナエル。

「おいおい、お前ら正気かよ」

「ここにいて、始終、暗殺の危機を心配し続けるのはうっとうしいわ」

「ですねえ。まあ、新しい土地も楽しいかもしれませんしねえ」

「何か釈然としねえんだよなあ。なんでオレたちがこんな目に遭うんだよ」

「そういうときもありますよ、ゾウン。もう諦めましょう」

「とりあえずお金だけは貰いたいけどね。あたし、全然お金無いし」

「多少なら持ち合せがありますよ。仲間の(よしみ)です。お貸ししましょうか?」

「仲間がどうとか言うなら、やれよ。貸すんじゃなくて」

「それは返ってマナに失礼と言うもの」

「別にくれてもいいよ。失礼は仲間の誼で許してあげる。でも、まあ、とりあえず、アンシに言ってみるわ……って、いつまで頭さげてんの、アンシ?」

 ようやくお許しが出たので、アンシは、頭を上げた。

 そうして自分の前に立ってまるで守るようにしてくれている少女の肩に手を置いて、

「ありがとう、ラミ」

 と告げると、ラミは恥ずかしそうに身をよじって、タッタッとすぐ近くの姉の元へと寄った。

「お金はもらえるの、アンシ?」

 改めて視線を向けてくるマナエルに、

「お姉ちゃん、なんか強盗みたい……」

 妹がツッコミを入れた。

「なんてことを言うの!? ラミ」

「だって……」

「何事も先立つものが無いとどうしようもないでしょう」

「そうだけど……」

「暮らすっていうのは大変なことなのよ、ラミ。あなただって分かってるでしょう」

「でもぉ……」

「でも、じゃないの」

 アンシは、姉妹の仲を悪くしたくないので、素早く口を差し挟んだ。

「非礼を償うことができるほどかどうかは分かりませんが、できる限り援助いたします」

 肩をすくめるようにするマナエルから、アンシは、今度はゾウンに視線を向けた。

 ゾウンは、はあ、とため息をつくと、

「分かった。ただ、この前言ったことだけは守ってもらうぞ」

 その目に強い光を溜めた。

 祖父でもあり師でもある人に危害を加えさせることのないように、という依頼だった。依頼というか、それを行わなければひどい目に遭わせるぞ、という脅迫である。

 アンシは、「約束いたします」とうなずいた。

「今さらお前の約束にどのくらいの価値があるかどうか、微妙なところだがな」

「言葉もありません」

 それから、アンシは、サイを見た。

「わたしは別に構いませんよ。人生いろいろありますからねえ」

「感謝します」

「しかし、ここはわたしの故郷ですからね。いずれ帰れるように、お計らいください」

「必ず」

 そのあと、アンシはアレスに目を向けた。

 アレスは、憮然とした顔をしている。

「オレには何も言うな」

「ありがとう、アレス。キスしましょうか?」

「アホ」

「はい」

 アンシは、もうアレスにミナンに行くように勧めはしなかった。何をなすべきかということは、アレスなら自分で判断ができるだろう。自分が口を出すようなことではない。

「では、出発しましょう」

 アンシは、あえて強い声で言った。

 出発と言うか、帰還と言うか。

 どちらにせよ、その道は険しいが、行くしかない。

 アンシは、これまでいかに恵まれていたかということを知った。クヌプスの大乱が起きて、それは国を二分するような大変なものだったけれど、それに対するに、頼りになる仲間がおり、けして一人では無かった。これからは一人である。一人で、事態に立ち向かわなければならない。

――いいえ……。

 アンシは、ハッとした。

 現在、宮中にいる信頼すべき女官の顔が頭に浮かんだのである。

 それから、今回自分に付き従ってくれた三人の侍女の顔を見た。

 姉もいる。

 一人じゃない。

 アレス達と別れてもなお多くの人が周りにいる。いてくれる。それは、有り難いことだった。

 しかし、である。

 やはりアレス達との別れは辛く、その辛さを抱えて生きていかなければならないことが、誰のせいでもなく自分の天命であると、そう信じたいアンシである。

 アンシは馬首をルゼリアへ向けた。

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