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第82話「二度目の正直」

 片をつける。

 マナエルの言葉ではないが、アンシは片をつけるつもりで行かなければならないことを十分に理解していた。子どもの使いではない。何度も行ったり来たりはできない。

 敵について詳細な情報は無いが、それを集める手段は無い。

 ……いや、手段はある。

 直接訊けば良いのだ。

 もちろん、訊いたからといって答えてくれるとは限らない。現に、さっきは答えは得られなかった。

 しかし、得られないなら得られなくても構わない。

 大事なのは、反乱自体の片をつけることだ。そのために、その手を血に染めなければならないのだとしたら、やむを得ない。真紅に染め上げる覚悟がある。その覚悟を撤退する前に持っていたら、いや、市門に突入するときに持っていたら、今頃既に片はついていたことだろう。

「わたくしは甘いですね。嫌になるくらい」

「人を殺さないで済ませようとすることが甘いのなら、オレは、甘いヤツの方が好きだね」

 アレスの声が耳に優しい。

「あなたに好かれるのなら、甘い自分を少し好きになれそうです」

「アンシは自分に厳しいからな」

「そうでしょうか」

「そうだね。もっと楽に生きたほうがいいぞ」

「……わたくしは王女です」

「知ってるよ」

 知っていてそれでもなおそのようにして生きろというのか、と思ったアンシだったが、アレスにはそれを言う資格がある。彼の人生も苛酷であることをアンシは知っている。

「あなたにこれから先、良きことが起こることを心よりお祈りいたします、アレス」

「おいおい、何かこれまで不幸ばかりだったみたいじゃんか」

「いいことありましたか?」

「色々あったね。それはもうたくさんあったよ、うん」

「…………」

「…………」

「わたくしと会えたことがそのいいことの一つに当たる、というセリフを待っているんですけれど」

「今、言おうとしてたところだ」

「どうぞ」

「お、着いたみたいだぞ。ここから無事出られたときに言うことにするよ」

「分かりました」

 馬車は市門の近くまで来ていた。

 門の前には、新たな門番の兵が立っているようである。

「さて、今度は歓待してくれると良いのですが」

 アンシは馬車を降りながら言った。

「そうしてくれるといいな。向こうのやつらのために」

 アレスも御者台から飛び降りる。

 そのまま、二人で門へと近づいて行くと、五人の門番はやはり手に持った槍を向けて来た。

 どうやら歓待してくれる気は無いらしい。

 またぞろ同じことの繰り返しか、とげんなりする資格が自分に無いことを嘆息しつつ、アンシは、アレスに目配せした。

「ヴァレンス王女、アンシ・テラ・ファリアである。ケスチア市長に取り告ぎなさい」

 念の為口上を述べる。

 すると、隊長らしき兵が槍を下げ、「市長の元までご案内いたします」と予想外の答えを返して来た。

 隊長に応じて他の四人の兵もみな槍を下げる。

 風向きが変わったことを感じたアンシはしかし油断をせずに、いつでも変に応じる心構えを持った。

 隊長の声に応じて、門が開く。

 ぽっかりと穴が開いた門が左右に開いた。

 門の中には、まるで待ちうけるかのように、大勢の兵士が立ち並んでいた。

 しかし、攻撃の意志は無いようである。

 みな、剣を鞘に納めた状態で整列をしている。

 それを一直線に割るように、隊長は歩く。その後を、アンシとアレスが追った。

 兵士の一団をくぐりぬけたところに、馬車が一乗用意されていて、それに乗るように促された。

 アンシは素直にそれに従った。アレスも一緒に客車に乗る。

 御は隊長が取るようだった。

 一路、北へ。

 それほど時間も経たないうちに、市庁舎に到着する。

 2階へあがって、執務室に入る。

 広々とした室内は、しかし、大勢の兵士に詰められていて、狭苦しく感じる。

 大きめの執務机の向こう側に、中年の男性が座っており、眼鏡の奥からこちらを見つめていた。

 ケスチア市長、ラハルである。

「久しぶりですね、ラハル」

 アンシは懐かしげに声をかけた。

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