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第81話「虎口へ戻る」

 市の外に出ると、未だ気を失ったままの、兵たちの姿がある。

 それを尻目にして行くと、少し離れたところに、マナエル、ラミ、サイが見えた。

「逃げますよ」

 短く言って、三人を引き連れる格好で馬車まで行く。

 振り返ると、後ろからついてくる仲間の姿がしっかりとあり、追っ手は無い。

 一行は、二乗の馬車に分かれて、市から離れた。

 ある程度距離を取った街道脇、アンシは御者の少女に停止を求めた。

「さて、みなの意見を聞きたいのですが」

 脇に停めて、馬車から全員を下ろしたあと、アンシは尋ねた。

 ケスチアの反乱については、軽く考えていたわけではなかったが、遥かに想像を超える事態になってきた。

「悠長なこと言うなよ、アンシ。決めて命令しろ、それがリーダーの役目だろう」

 答えたのはアレスである。

――だから、いつからわたしがリーダーになったの?

 と思ったアンシ。もちろん、従者の三人の少女に対しては命令できる立場にあるが、アレスパーティに対しては、そんな権限は無い。無いと思っているのだが、アレスがそう言うなら、そういうことで良いのかもしれない。

「決めるにしても、敵が分かりません。太古の秘法を使うような敵のその正体が分からないまま、何かを決めることはできません」

 アンシが言うと、少し沈黙が落ちたのちに、そろそろと挙がる手があった。

 アンシの馬車の御をしている御者の少女である。

 名をキュリアと言った。

 アンシは彼女に発言を促した。

「暗黒教団ではねえかと……」

 なまったイントネーションで言うと、それを恥じるようにすぐに顔を伏せた。

 アンシは、キュリアにさらに発言するように言った。

 コミュニケーションは、連携行動の質に影響を与える。アンシは、王女という立場ながら侍女の三人とはできるだけ会話をすることを心がけた。サカレともレニアとも会話を続けられたが、しかし、キュリアとはあまり話ができなかった。どんな風に話を振っても、一言二言答えて話が終わってしまう。なまりがあるのでそれが恥ずかしいのかと思っていたが、それだけでも無いらしい。根っからのシャイガールなのである。その彼女があえて発言している。重要なことに違いなかった。

「ローブに見覚えがごぜえます」

「暗黒教団……ゴモンドラン教団ですね?」

 アンシが確かめるように訊いた。

 キュリアがうなずく。

 ゴモンドラン教団とは、闇の神ゴモンドランを崇める集団である。

 大地の神を信仰するヴァレンス国では異教の教団であると言える。

 ヴァレンスではそもそも闇の神などという存在を認めない。

 なぜその教団が、ケスチアの反乱に関係しているのか。

「キュリア、あなたの意見は?」

「わたしのいけんなんて……」

「お願いします、キュリア」

「……暗黒教団は、神さまを崇める人たちではなく、お金のために何でもやる人たちです。お金がからんでるのでねえかと」

「ケスチアの反乱を画策した者。その者から利益の供与を受けている。そういうことですか?」

 キュリアは、「へい」とうなずいた。

 アンシが、なるほど、と首肯した。

「わたしもキュリア殿の意見に賛成です。暗黒教団だとしたら、やりそうなことです」

 サイが発言した。

 キュリアがうつむくようにする。

「暗黒教団をご存知なのですか、サイ?」

「ええ、パーティの知恵袋としてはあらゆる知識を押さえておかなければならないのですよ。教団は、現在、暗殺集団と化しています。ヴァレンス周辺に根を張り、金を貰いさえすれば誰でも殺す、殺人組織になっているのです」

「宗教団体ではないのですか?」

「違います」

「そうすると、どうすれば良いのか……さて」

 アンシは頭を回転させた。

 よく知りもしない教団を相手取らなければならないとすると、話が厄介である。今回の件における教団の目的や、ケスチア市長との関係、キュリアには悪いが、そもそもその教団なのかどうかというところからして不分明である。

「……ご命令をいただけば、始末して参りますが」

 言ったのは、レニアである。

「始末?」

「はい」

 レニアの目は暗い闇で満ちている。

 暗殺集団の一員を逆に暗殺すると言っているのだった。

 アンシは、首を横に振った。

 仮にそれで事が治まったとしても、暗殺で得られるような未来は薄汚れている。

 では、どうすればよいのか。

 ゆっくりと決断する時間は無い。

「アレス」

「ほいよ」

 気楽な声でアレスが答える。しかし、その目には真剣な色がある。

「虎口に入ります。付き合ってくださいますか?」

 アンシが言う。

「そのためにここにいるんだ」

「感謝します」

「感謝の言葉より、熱い口づけとかの方がいいな」

「考えておきます」

「やる気上がった」

「何よりです」

 アンシは、みなにここで待つように言った。

「当初の予定通り、話し合ってみます」

 そうして、敵の警戒を解くために、勇者と二人だけで行くということを告げた。

「めんどくさいからさあ、話し合えなかったら、二人で片付けて来てよね」

 マナエルの激励を背に受けて、アンシは、アレスに御を頼んだ。

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