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第79話「死者操縦の午後」

 王女の体が優美な光に包まれる。

 それがふわりと宙に浮いて、ずんずんずんずん昇って、ついには家々の屋根と同じくらいの高さになる。

 その奇怪な光景にみなしばし戦うのも忘れて呆然と空を見上げた刹那――

 王女の体から発せられた光が矢の形となって、無数に、まるで通り雨のように地上に降り注いだ。

 その光に打たれた兵は、苦鳴を上げて倒れていく。

 ひとり、またひとり。

 光の雨はどのくらい続いたであろう。大した時間では無かったが、門に集まってきたおよそ百人ほどの兵たちは、その九割方が倒れた。残りの一割は、手早くアレスとゾウンによって片付けられる。

 王女は、ふわふわと地上まで降り立った。

 地上は、動くもののいない。累々とした兵士たちの体の山である。

 死んではいない。アンシが加減したのだ。

「相変わらず、でたらめな呪文だなあ」

 アレスが感心したように言った。

「大したものではありません」

「ご謙遜」

 近づいてきたゾウンが言う。「殺しちまえばよかったのに」

「では、どうして、あなたはそうしないのです?」

 ゾウンは肩をすくめるだけで答えない。

「そういうことです」

 答えるアンシの声は明るい。

 明るさに浸るのはまだ早いだろう、とアンシは自らの気持ちを引き締めた。

 アンシは連れの三人の少女たちを見た。

「第二軍が来ますよ、覚悟なさい」

 今の兵の数では、いかにも少なすぎる。

 別働隊が来ると考えるべきだろう。

「殿下」と三人の少女たちの守りについていたズーマが言う。

「何です?」

「ご自分で戦うのではなく、下僕にお命じください」

「あなたが下僕になってくださるの?」

「いや、もちろん、アレスです」

「今時の王女は自ら戦うのですよ」

「はしたない」

「そうでしょうか」

「そうですとも」

「じゃあ、今、向こうの家の陰に隠れている者の相手は、アレスに任せましょう」

 アンシが注視した先に、一軒の家があって、その陰になっているところから、一人の少年が現れた。十五六歳くらいだろうか、前髪をきちんと眉のあたりで切りそろえられている。身につけているのは、手足がすっぱりと隠れるローブのようなものだった。

「どうも、みなさん、こんにちは」

 少年がまるで旧友にでも町でばったり会ったかのような気楽な声を出した。

「こんにちは、それであなたはいったい、どこのどなたですか?」

 アンシが訊いた。

「さあ」

 と小首を傾げるさまに、いやらしさが無い。

「そんなことより、ボクと勝負してよ、アンシ・テラ・ファリア」

「……勝負?」

「そうだよ。どっちが生き残れるかっていう勝負。ただし、戦うのはボクじゃない」

 そう言うと、少年は、腰の鞘からナイフを引き抜いて、近くに転がっていた兵士の一人の胸に、思い切りナイフを突き出した。

「ぎいやああぁぁぁぁ」

 断末魔の叫びとともに、事切れる兵士。

「なんてこと!」

 少年はニヤリとすると、「死んでた方が都合がいいんだよ」と言って、低く唸るような声を出した。

――呪文……!

 その声が完成するまでに、みながお行儀よくしていたかと言えば、そんなことは全く無い。

 呪文を唱えさせないようにするために、アレスは少年に向かったが、タッチの差であった。

「…………!」

 アレスは声にならない声を出した。

 確かに少年によって死んだはずの兵士がのそりと起き上がっている。

 さっきのはただのトリックで本当は死んでいなかったのかもしれない。

 しかし、別の可能性もある。

 そう思ったのは、アンシだった。

「ネクロマンシー……」

 古代の秘法の一つである。

 死者をあやつる魔法。

 アンシもその目で見るのは初めだった。

「さすがは、ヴァレンスの戦姫(いくさひめ)ですね」

 少年の声が言う。

 そうして、再び呪文を唱えた。

 少年の声に応じて、寝転がっていた兵士たちは、徐々に立ち上がった。

 十人の傷つき兵が、それぞれアレスとゾウンに向かう。

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