第78話「門下攻防」
王女の御手を受けたアレスは、
「えー、ご指名ありがとうございます。不肖アレス、殿下のためにがんばらせていただきます。ていうか、王女様が自分でやればよくね、と思うのはわたくしだけでしょうかー」
と言って、仲間を見た。
仲間からは何の応答も無い。
と思ったら、一人だけ、
「あたしたちはちょっと下がってるから」
マナエルが言って、ラミを連れてそそくさと門から離れて行く。
「念のため、あんたも来なさい。不死身のサイ。得意の結界魔法であたしたちを守りなさい」
「変な二つ名をつけないでくださいよ。それに、『あたしたちを』じゃなくて、『妹を』でしょう。あなたは守る必要ないんですから」
「あたしはか弱い乙女よ!」
「あなたがか弱かったら、世の女性たちは、葉の上の露のような儚さですよ」
サイが、ぽよぽよ、と姉妹の後に続く。
アンシは、もう一度だけという気持ちで、兵に向かった。
「取り次ぎなさい」
しかし、それに対する返答は――
アンシの足先に射られた一本の矢である。
それの意味するところは、「消えろ!」であろう。
どうにも腑に落ちない。
ケスチア市長は、王女との会見を望んでいるのではなかったか。
にもかかわらず、追い返そうとするのはなぜか。
――直接、本人に訊きましょうか。
「アレス、任せてよろしいですね?」
「任されよ」
「頼みます」
「あいよ」
アンシは、お付きの三人に下がるように言った。
「では、わたしはご婦人がたの守りにつこう」
ズーマが言う。
「ありがとう、ズーマ。ゾウン、あなたは?」
ゾウンは、腰の鞘からロングソードを抜いた。
「暇だから、手伝ってやるか」
いつの間にか光の魔法剣を手にしたアレスが地を蹴るのと同時に、ゾウンも地を蹴った。
五人の警備兵に向かって行った二人が、障害を排除するのに十秒もかからなかった。
アレスが三人を光の刃によって気絶させている間に、ゾウンは、兵の槍の穂先をロングソードで斬って、敵を無力化したのち、剣の柄で、正確にみぞおちをとらえて、地にうずくまらせた。そこを念の為、アレスが魔法剣で斬る。
一拍遅れて、壁上から矢の雨が降る。
アレスとゾウンはステップしながら、あるいは剣を振って矢を払い落した。
そこへ、
「『炎球!』」
呪文の声が響き、昼の光の下で、ぼおっと燃える炎が球状になって、いくつも門壁の上に飛んでいくのが、アンシの目に映った。
マナエルの呪文である。
炎の球は、壁上の射手の弓に命中し、慌てた弓兵たちはみな、弓を取り落とした。
その間に、アレスは、魔法剣から光を消した。光が消えると、剣はサイズを小さくし、短剣となった。それを腰の鞘に納めたあと、アレスは呪文を唱えた。その呪文で背中の剣を抜いてから、また別の呪文を唱え始める。
完成まで少しの時間があって、
「『死者の霊の逃がるるを防ぎ、衣の襟を重ねて結び、同じき音を鳴らせ……砕け!』」
呪文完成と同時に振り下ろした剣は、ほんのその先が触れただけであったのにも関わらず、重厚な市門を爆砕した。
どーん、と突き破るような音とともに、市の向こう側が覗く穴が開く。
「加減が難しいんだよなあ。つくづく、おおざっぱなオレ向きじゃないね、この剣は」
くるりと門に背を向けたアレスがすたすたと近づいて来て手を上げる。
その間に、門の穴からゾウンが中へと入る。
「みな、ここで待ちなさい」
アンシは、お付きの三人に言うと、門へと向かった。アレスがすぐにその横につく。
お付きの少女たちは、王女の命令を無視する格好で、王女の後に従った。
「王女って何の権威も無いのかしら。誰もわたくしの言うことを聞いてくれないなんて」
アンシがため息をつきながら言うと、
「勇者にも権威無いよなあ。なんか間違ってるよね、色々と」
アレスが剣を背の鞘に戻し、腰から短剣を引き抜いて、魔法の光を宿した。
人一人通れる穴から、中に入ると、既にゾウンが活躍していた。集まってきた兵たち相手に奮戦している。
「ゾウン一人で大丈夫そうね」
アンシが言うと、まさにそのゾウンから、
「おい! アンシにアレス! オレだけを働かせるんじゃねえ! さっさと手伝え!」
声がかかった。
兵は無数に湧いてくるようであった。
アンシは、三人の少女たちに自分の身を守ることだけに専念するよう伝えた。
「これは厳命です。良いですね」
厳しい声で言ってから、アンシは呪文を唱え始めた。
既にアレスはゾウンに加わって、兵を蹴散らし始めている。
衆寡敵せず。いくら強くても多数にはかなわない、という言葉があるが、それはアレスとゾウンには当てはまらなかった。どれだけ虫がいても、リーグル一頭にはかなわない。しかも、今は二頭なのだから尚更である。
アンシが完成させた呪文を解放する。




