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第76話「踊る心」

「いやあ、お見事なお手並みですねえ」

「なあ、さすが勇者だよなー」

「わたしたちの頼れるリーダー、アレス万歳」

 勇者パーティのサイ、ゾウン、マナエルが言う。

「いや、手伝えよ!」

 アレスが三人に噛みついた。

「殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」

 サイが優雅にお辞儀をする。

「いや、聞けよ!」と突っ込むアレス。

「あれ? よお! サカレだったよな」

 ゾウンが、サカレに話しかける。

「聞けって!」と突っ込むアレス。

「ラミ、足元に気をつけてね。山賊なんか、動物の糞と同じだからね」

 マナエルが近くにいる小さな女の子に言う。

「聞けって言ってるのに! ていうか、さすがにそれはひどくないか? あ、でも、オレもクソヤローって言ってたな、こいつらのこと、ハハハ」

 アレスが、突っ込みだかなんだか分からないことを言う。

「それにしても盗賊が横行しているな」

 これはズーマ。誰に話しかけるわけでもない口調。

 アンシは、一人ずつに挨拶することにした。

「サイ、刺されたとお聞きしましたが」

「はい、刺されました。しかし、あいにく刺されたくらいでは死なない呪いがかかっておりますので」

「どこまで信じてよいのやら」

 そのあと、サカレと知り合いなのか、彼女と二言三言交わしているゾウンに向かった。

「ご機嫌いかが、ゾウン?」

「いいわけねえだろ、アンシ」

 ゾウンの近くにいたサカレがびっくりしたような目を彼に向ける。

「あなた方には申し訳なく思っています」

「お前を潰しに行くところだったぞ、もう少しで」

「あら」

「なんなら今やるか?」

 にやりとしたゾウンのその首筋に刃が向かう。

 サーベルの鋭い一振りである。

 並み一通りの男、たとえば、今街道に寝転がっている山賊程度であったら、首を飛ばされていたことだろう。しかし、ゾウンは並ではない。ゆえに、振られた刃を、ほんの少し顔を逸らしただけでかわした上に、足で、刃を振って伸び切った腕を蹴り上げた。

 サーベルがくるくると宙を舞い、少し離れた地面に落ちる。

「許してやるから、二度はやるなよ、女」

 ゾウンが言ったのは、警備担当の少女レニアだった。

 アンシはレニアとゾウンの間に立つようにした。

「部下の非礼をお詫びします、ゾウン」

「今のことなんかどうだっていい。部下の非礼を詫びる前に、自分の非礼の落とし前はどうつけるつもりなんだよ?」

「できる限りのことはいたします」

「後でちょっと話したいことがあるから面貸せ」

「はい」

 アンシは、レニアにサーベルを拾うように言った。それに応じて素直に拾いに行くレニアを尻目に、マナエルに声をかける。

「お加減はいかが?」

「大分いいわ」

「良かった」

「体はね。でも、心の方はどうにもね。ドス黒い感情が渦巻いてて……やっぱり、借りっぱなしっていうのは性に合わないんだよね」

「誰があなたに貸し付けたのです?」

「第一位大臣グラディ」

「返すおつもりですか?」

「利子をつけてたっぷりとね」

 アンシは、マナエルの横で呆然とこちらを見ている少女を見た。

「妹さんですか? マナ」

「そうよ。ラミ、ご挨拶して、王女様よ」

 ラミは姉を見上げて、

「お姉ちゃん、この人、コウコじゃないの?」

 戸惑った声を出した。

 マナエルは微笑むと、似ているけれど違う人よ、と答えた。

「よろしく、ラミ」

 アンシが差し出した手を、ラミはおっかなびっくり触った。

 最後にアンシは、ズーマに顔を向けた。

「ご気分は?」

「楽しいな。勇者殿といると退屈しないのでな」

「あなたにかかれば、魔王との戦も退屈しのぎの一つになってしまうのですね」

「クヌプスか。あれはなかなかの男だった。あの男のような者はそうはいまい」

「そうそういられたら困ります」

「殿下はそうかもしれないがな、わたしにはむしろいてもらわないと困るのだが」

 一通り挨拶が済んだところで、アンシはアレスへと戻った。

「わたくしのサポートをしてくださるとそうおっしゃっいましたね」

「男に二言は無い」

「じゃあ、さっそく助けてくださいますか?」

「何を?」

 アンシは街道に転がる山賊たちに手を向けて、彼らが通行の邪魔になっていることをアピールした。

「もっと離れたところで斬れば良かった」

 清掃作業が始まった。

 しかし、掃除夫は、一人である。

 全員が全員とも街道に転がっていたわけではない。半数ほどである。半数とは言っても、七、八人。

「みんなで一斉にやれば、一気に終わるのに!」

 男を引きずりながら、アレスが叫ぶ。

 アレスが作業をしている間に、アンシは供の三人の少女たちを促して、自分たちの馬車に戻った。

 アンシの心はどうにも弾んでいる。

 御者の少女の代わりに、自ら御を行いたいくらい気持ちが軽い。

 思わず、ケスチアに行くことを忘れてしまいそうになる自分を、アンシは戒めなくてはならなかった。

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