第74話「願いがかなう時」
少女の集団が、山賊的集団へと向かう。
――話し合うと言っても、何を話し合いましょうか。
歩きながら、アンシは考えた。
向こうはお金が欲しい、こちらは道を通してもらいたい。譲歩するとすれば、お金を払って、道を通してもらうということになるけれど、そんな気はさらさら無かった。とすると、
――あら、話し合うことなんか無かったみたい。
ということになって、
「今すぐ足を洗って、正業に就きなさい。そうすれば、先王の喪中であることに鑑み、特別にこれまで行って来た同様の行為を不問に付します」
最後通牒を突きつける図を描くということになる。
アンシにいきなり言われて、男たちのリーダーらしき者はキョトンとしたひげ面を仲間たちに向けた。
「いかれてるんですよ」
仲間の男の一人が答える。
「しかし、四人とも別嬪だな。高く売れそうだ」
そう言って、リーダーにニヤケ面を向けると、リーダーもにやりとし返した。
「サカレ、美人だと言われても喜んではいけませんよ。時と場合を考えてくださいね」
アンシが言うと、横から、「申し訳ありません」という声がする。
「それで、あなた方は名のある山賊団なのですか?」
アンシが訊くと、リーダーは、
「聞いて驚け、見て笑え。我ら、忠烈団! この国の行く末を案じ、まだ見ぬ未来に命を賭ける、人民のための集団。義侠の男たち」
なかなか良い声で、朗々と口上を述べた。
「人民のためのチュウチュウ団が、どうして、強盗行為をするのです」
「いや、『忠烈団』だからね。お前たちは貴族だろう?」
「だとしたらなんです?」
「貴族こそが人民を途端の苦しみに喘がせている元凶である。その貴族を打倒すことこそ、人民を救う道!」
アンシは感心したように息をついた。
「盗人にも三分の理、と言いますが、なかなかどうして語りますね。ねえ、サカレ?」
山賊の強面に囲まれてそれどころではないサカレは、「は、はあ……」としか答えられない。その手は、腰の鞘に納められた山刀の柄を取ろうかどうか迷うようにして、宙を小刻みに動いている。
「貴族はお嫌いですか?」
「虫唾が走る」
「なるほど。じゃあ、わたくしと同じですね」
「同じだと?」
「自分たちの欲望を満たすために大義名分を掲げる輩には、わたくしも虫唾が走るのです」
なにをっ、と勢い込む部下たちをリーダーが、「まあ、待て」と止めた。
「いい度胸じゃねえか、気に入った。俺の女になれ」
「お断りします」
「はええな、おい! ちょっとは考えろよ!」
「わたくしの心は既にある殿方に預けてありますので」
「へえ、そんなやつがいるのか」
「悪しからず」
「だが、すぐに忘れさせてやるよ。そんなやつのことはな」
リーダーが下卑た笑い声を上げる。それに応じて、部下たちもゲハゲハと笑った。
彼らの余裕はどこから来るのかと言えば、女の子四人に一体何ができるものか、という侮りの気持ちからである。
「わたくしも忘れたいのですが、これがなかなか難しいのです」
「そんなにいい男だったってか?」
「いえいえ、それほどでは」
「分からねえな」
「わたくしもです。でも、なんだか妙に人を惹く方でして」
「会ってみてえもんだな」
「会ってどうなさいます?」
「ぶっ殺してやるよ」
そう言って、リーダーはまたガハハと笑った。
アンシはリーダー越しに遠くを見て言った。
「殺せますでしょうか?」
「当たり前だ」
「じゃあ、試してみますか?」
「あん?」
「あそこにその人がおります」
アンシが指差した先に、一乗の馬車があって、こちらに向かって疾走して来ている。
リーダーは部下に命じて、新たな馬車を止めるように言った。
馬車は部下たちのジェスチャーに従って、素直に止まった。
御者は少年のようである。
少年はすたっと御者台から飛び降りると、飛び降りざまに何か手の中にあるものを振るうようにした。
山賊のひとりが糸の切れた操り人形のようにガクリと倒れる。
近くにいた山賊仲間たちが、一斉に少年に襲いかかる。
三人で、すわ、と刀を向けたところ、しかし、一瞬後にみな体を揺らし、立っているのは少年だけという事態となった。
「な、なんだ、ありゃあ……」
「わたくしの想い人です」
「何をしやがったっ!」
「さあ、呪文でしょうか」
少年はずんずんとこちらに向かって来た。同時に、馬車から数人の人影が現れる。
山賊たちは少年を囲むようにした。それを全く気に留めていない様子で、
「よお」
と、気楽に手を上げてくるのは、まぎれもなくアレスだった。
「お久しぶりです。ご機嫌いかが?」
「色々あって疲れてる」
「お疲れさまです」
「キミは何してる、ここで?」
「脅迫を受けていました」
「受けていた? してたんじゃなくて?」
「失敬な」
「それで?」
「それで、とは?」
「助けた方がいいか? それとも自分でやるのか?」
「わたくしたちは、か弱い女の子です。そうしてくださると助かるのですが」
「誰一人として、そんな面じゃないけどな」
この間、全く無視されていた盗賊の頭目が、「このヤ……!」と、何か言いかけたが、それは最後まで続けられなかった。
アレスの剣は男の胴を既にとらえている。