第73話「馬車に揺られて」
ケスチアまでは、五日程度の旅路である。
アンシはあらかじめ、自らの訪問を告げる使者を早馬で先発させておいた。
――それにしても……。
馬車に揺られながら、アンシは考えた。
反乱は死罪に相当する。
それが魔王クヌプスのようにヴァレンス国の転覆を狙ったものではなく、ケスチアから来た兵が言う通り、アンシに対して意見したいという目的であったとしても、理由の如何は問われない。
つまり、ケスチア市長の諫言は死を賭したそれ、ということになる。
そうまでして諌めたい内容が服喪期間についてであるとは、どうにも納得できないものを覚える。何か他に狙いがあるのか……。答えの出ない問いを抱えたアンシは、ひとしきり悩んだのち、
――直接話を聞けば、本当のところが分かるでしょう。
先のことは先に任せることにした。
連れは多くない。
サカレの他には、御および身の回りの世話役が一人、警護の者が一人。アンシを含めて、総勢四名の道行きである。アンシが必要最低限の人数に限定したのである。
「お父上に、何を言い含められて来ました?」
アンシは微笑しながらサカレに訊いた。
同じ客車の中、昼下がりの光が染みている。
「で、殿下をお守りするようにと、そう申しておりました」
「そうですか。ゴラには迷惑をかけますね」
「滅相もないことでございます」
「あなたは何を使うのです?」
武器として何を、という意味である。アンシはサカレから武の匂いを嗅いでいた。そもそも、第三位大臣ゴラは、単なる話し相手として娘を寄こすような、そんなお気楽な性格ではない。
「山刀……です」
サカレはちょっと恥ずかしそうに言った。
何が恥ずかしいのかアンシには分からない。
「師は?」
「イセ師です」
「イセ……? どこかで耳にした名前ですね」
ということは、高名な武芸者だろう。
「父の知り合いらしいのですが、わたしも詳しくは知りません。父からはただ、師事せよ、と申しつけられただけで」
「そうですか。帰ったら、お父上にお聞きすることにいたしましょう」
話し相手としてつけられたわけではないけれど、サカレは、アンシにとって良い話し相手だった。旅のつれづれは随分慰められた。
「父の気持ちが全然分からないのです。どうすれば気に入ってもらえるのか」
三日もすると、アンシは、サカレのコンプレックスを聞くほど、彼女と距離を縮めていた。
「大臣は、あなたのことをとても大切に思っていますよ」
「そうでしょうか……」
「だからこそ、この旅につけた」
王女に近侍させるとは、そういうことである。どうでもいい子を送られたとあっては、アンシの名折れ。
「努めます」
「お互い、がんばりましょうね」
話をしないとき、アンシは、一人の少年を想った。普段はちょっと仏頂面をしているけれど、笑うととても可愛い顔になる。初めての気持ちをたくさんくれた少年だった。
今頃どこにいるかと予測すれば、おそらく隣国であるミナンに向かっているはずである。そうして、多分、再び会うことがあったとしても、いつのことになるかは見当もつかず、その分からなさに身が震えるほど悲しくなる。悲しくさせる。そういう子だった。
――ヴァレンス王女をこんな気持ちにさせるなんて……。
アンシは微苦笑を漏らした。
――不敬罪か何かで捕まえようかしら。
そうして、王宮の地下牢あたりに一生つないでおくのである。
アンシは思った。
「でも、地下牢ってあるのかしら」
勇者を捕まえんとする王女と、それに対抗する勇者が、魔法と剣の力を出し尽くして戦うという前衛的な夢を破って、目覚めた四日目の朝。
澄んだ朝の光の下で、ふと馬車が停まった。
「山賊の類のようです」
言ったのは、護衛役の少女だった。表情に乏しい少女で、しかし、たたずまいに隙は無い。グラジナの推薦で、名をレニアと言った。
「なるほど」
アンシは客車から出た。サカレが慌てたようにそれに続く。そのあとに、レニア。御者の少女も、既に厳しい目をして、腰に差した剣の柄に手を当てている。
馬車から五十歩、といったところだろうか、人相風体の怪しい男たちが、街道を塞いでいる。
「朝っぱらから仕事熱心だな」
アンシが言うと、そのカジュアルな口調に、サカレがびっくりしたような目を王女に向けた。
アンシは、ふふっ、と笑うと、
「友人ならそんな風に言うところですが、さて……」
一息ついて、
「喪中に人を殺めるのは不吉。ちょっと話し合ってみましょうか」
そう言って、三人の少女を驚かせた。
山賊とは言え、ヴァレンスの人民であることに変わりは無い。いたずらに殺すようなことはしたくないアンシである。
いたずらに殺したくない。
それは裏を返せば、殺そうと思えば殺せる、というそのことでもあった。
十数名はいるだろうか、男たちの集団に向かって、アンシは無造作に歩いて行く。
「お畏れながら」
と断ったレニアが王女の前に回った。
それを見たサカレが王女の横に、御者の少女がもう一方の横についた。




