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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
第1章「コウコの打刀」
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第7話「戦闘中の典雅な話題」

 さてどうするか。

 アレスは迷いの時間を持った。

 ビリビリボール以外の呪文もストックしてあることにはあるのだが、どれもこれも女の子を優しく制して済ませられるような代物(しろもの)ではない。それを言ったらビリビリ球呪文だってそうだったのだけれど、一番ダメージが少なそうなものとして選んだわけである。アレスとしてはそれ以上の呪文を使う気は無い。

「役に立たない剣だぜ」

 アレスはあえて声に出して言った。

 すると、

「役に立たないのはお前であって、剣ではない」

 鋭い声でツッコミが入った。

 ズーマである。

 声音が真剣であるのを聞き取って、アレスはニヤリとした。

――借りはちょこちょこと返しておかないとな。

 しかし、そう考えているのは向こうも同じであったことを、アレスは一瞬後に知ることになる。

「人生は決断の連続だな、アレス」

 ズーマが笑みに染まった声で言う。

「どうやら穏便に済ませることはできないようだな。仲間か()れた女か。どちらかを選べ」

 アレスは思わず舌打ちした。

 他人の不幸は蜜の味というが、ズーマがよくよく自分の不幸を味わっているのを聞いて、アレスは、「このクソヤロウ」と思わずにはいられなかったが、そうやって非難することはできない理由がアレスにはあった。

「――と思ったけど、別に『非難しない』なんて約束はしてねー! このクソヤロウ! ズーマ」

 アレスは思い切り声を上げた。

 もちろん、目はコウコに向けたままである。

 コウコの翡翠の瞳は、まるで何物をも寄せ付けない険峻な山の(いただき)のように鋭く尖っていた。

 アレスはごくりと息を呑んだ。これで圧倒的な不利に立たされたわけである。打開策は無い。

 そのとき、コウコの口元がかすかに動いた。「……惚れたって?」

 そうして、小さな声が漏れる。小さくはあるけれど、十分に聞こえる音量だった。それは、コウコとあまり離れていない――コウコはアレスを一太刀で斬れる位置までじりじりと近づいている――ということもあるが、なにより、コウコ自身に問いかけの気持ちがあったからである。

 アレスはその気持ちを聞き取って眉を寄せた。

「こいつはキミに惚れているのだ。コウコ」

 耳ざとくズーマが言葉を継ぐ。

――適当なことを言いやがって!

 と憤慨する気持ちを、しかし、そのまま言葉には出さないアレス。

 「出さない」のではなく、「出せない」のではないかという意見を言うヤツに対しては、とりあえず蹴りを入れてやりたい気持ちがあるアレスだったが、その蹴りには必要以上に力がこもってしまうかもしれない。

 コウコは無造作に一歩、足を進めてきた。それがあまりに無防備であったので、その行為はアレスの警戒心の外にあった。もしそのとき彼女に攻撃する意志があったら、簡単に斬られていたに違いない。

「本当なの? わたしのことが好きなの?」

 突然に口がなめらかになったコウコが、続けて言った。構えは解いており、刀の先は下を向いていた。

――なめやがって、オレからは攻撃しないと思ってるのか!

 しかし、それは当たっていた。

「本当だ」

 そう答えたのは、アレスではない。

 ズーマがやたらと力強い低音で言ったのだった。

 アレスは押し黙っている。

「沈黙は肯定の証」

 これもズーマ。

 コウコはさらに一歩近づいてきた。

 それは完全に互いの間合いの中である。

 凶器を一振りすれば互いの命を奪える空間。

「それで、アレス?」

「ん? 『それで?』って何だよ」

「答えて。わたしのことが好きなのかどうか」

「今そんなこと話しているときじゃないだろ。オレたち戦ってるんですけど!」

「小休止にします」

「戦ってる最中に小休止!? 何言ってんの! 聞いたこと無いよ。そんな話!」

「今聞いた」

「うん、聞いたね……って、オイ!」

 コウコはまっすぐにアレスを見た。

 アレスはいたたまれない気持ちになった。そうして、もしこの隙を取らえられて斬られたら間抜け中の間抜け、輝ける間抜け王として、ヴァレンス史上に燦然とその名を輝かすことになるだろうと思った。

「……別に」

「別に?」

「別にお前のことなんか好きじゃねーし。ブース!」

 ブスという言葉が、鳥の鳴き声のように空に長く響いた。

 そうして、その響きに重なる音が無い。

 静寂。

 静寂。

 また静寂である。

「どこの子どもだ、お前は」

 という当然予想されたズーマのツッコミも降らない。

 アレスは、外したことを悟った。そうして、命の取り合いの場でもユーモアを忘れないこの大人な態度を地の神よご笑覧あれ……いや、間違えた、ご照覧あれ! と心の中で叫んだ。

「ヴァレンス王族の血に平民の血を混ぜるわけにはいかない。だから、殺すしかないのよ、アレス」

 静寂を破ったのはコウコである。

 アレスは、艶っぽい話から解放されてとりあえずホッとしたが、よくよく彼女のセリフの中身を吟味してみたところ、

――ホッとしてる場合じゃないよ!

 ということに思い至り、とりあえずすり足で、コウコとの距離をあけた。

 コウコと話している今の間、アレスはずっと剣を構えっぱなしであった。

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