表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/105

第67話「逆襲の王女」

 その日、グラディ卿は屋敷の庭内で、安逸(あんいつ)な午後を過ごしていた。

 政務がない日……というのは、グラディ卿には無い。引退しない限り、年中無休である。なので、休みは自主的、意識的に取るしかない。

 白いテーブルに、ティセット。

 相伴(しょうばん)してくれる者はいない。

 グラディ卿は椅子の背にもたれかかりながら、見上げた青空の向こうに、末娘を想った。

 すると、生き生きとした少女の姿が浮かんで、さっと消えた。

 グラディ卿は微笑した。そうして、今度はその末娘の世話役を引き受けてくれた娘のことを想った。

「ユーフェイ……」

 末娘が元気でいる代わりに、疲労を濃くしているであろう少女に、グラディは心の中で詫びた。

 微風に、庭木がかすかに揺れる。

 さくっ、と後ろから聞こえてきた芝を踏みしだく音に、グラディはさすがにどきりとした。

――なにヤツ?

 と振り向いてしまいたい気持ちをどうにか抑えて、カップに指を持っていくと、次の瞬間、背筋が震えた。

 恐ろしいほど濃密な殺気を感じたのである。

 それほどの殺気を感じたのは、グラディ卿の長い人生の中でも、二度しかない。その一人が、剣聖ミカゼ。もう一人が、魔王クヌプス。

「ごきげんよう、宰相」

 音楽的な響きである。

 カップをソーサーに置いたあと、声に応じる形でグラディが振り返ると、そこにはマント姿の小柄がある。フードで顔を隠しているので姿は分からないものの、声には聞き覚えがあった。

「殿下……であらせられますか」

 グラディは席を立った。

 影は、フードに手をかけると、それを脱いで、赤い髪をあふれさせた。

 ヴァレンス王女アンシ・テラ・ファリアがそこにいた。

 グラディの心胆は寒くなった。

 どこからここに至ったにせよ、見張りの兵がいたはずである。

「このようなところから、失礼しますよ、卿」

 アンシは再びフードをかぶるとテーブルについた。グラディにもつくように言う。

「お話に参りました、卿。この頃、満足にお話もしていませんでしたので」

 確かに話はしていない。というより、王女の玉体は常に宮中の奥深くにあり、そもそも会うのも一苦労である。

「陛下のお加減はいかがですか」

「小康状態というところでしょうか」

「そうですか……」

 ヴァレンス王の命は風前のともしびだった。それは分かっていた。しかし、分かっていても確かめざるを得ないことがある。

「わたくしにはあなたという方が分かりません」

「とおっしゃいますと」

「父王のことを疎んじながら、そのような悲しい顔をなさる。その辺りの心の機微が」

「殿下……陛下は、お恐れながら、良き(かたき)でいらっしゃいましたので」

 グラディは言った。「ました」という過去形を使わなければならないところが悲しかった。

「なるほど」

「それで、殿下、お話とは」

 王女の用件に興味のあるグラディである。

 アンシは、懐から封書を取り出すと、ぽいっとテーブルのまんなかに投げた。

「これは……」

 グラディは書面の一通の中を改めると、一驚した。

 中には、グラディとの交誼を改める、という内容が書かれていた。

 出したのは、ヴァレンス周辺諸国の大臣位にある者である。

 グラディは、ヴァレンスと国境を接している国の大臣とは友好関係にある。お互いに助け合う仲だ。仮に、国同士が戦い合っていても、相互の大臣同士は横でつながっている。それは、グラディに限ることではなく、どの国の大臣も同じだった。

 そのつながりを切るという内容の絶縁状。何をしたかは分からないが、それが王女の工作であるとすれば、

「お見事です、殿下」

 と言わざるを得ない。

「ありがとう、グラディ卿。それで?」

「それで、とは?」

「あなたのゲームをこれ以上、続けますか?」

「ゲームとおっしゃいますか」

「もしも真剣にやってるとおっしゃるなら、滑稽極まりないですね」

「…………」

「わたくしも、あまり気が長い方ではないのですよ、卿」

 少女は続けて言った。

 その瞳がすっと細まって、危険な光が溜まる

「その上、婚儀の相手と友を失っていらいらしております」

「分かりました。ゲームオーバーといたしましょう、殿下」

「よかった」

「しかし、これだけは申しておきましょう。殿下。勇者パーティの抹殺については、わたしだけの考えではないということを。姉君の意志が確かに通っています」

 アンシは、席を立った。

「そちらはアレスがうまくやるでしょう」

「信頼していらっしゃる」

「さあ、どうでしょうか」

「……いいでしょう。しかし、殿下、もしも殿下がこの国の真の王におなりにならないときは、どうぞ、ご覚悟を」

 グラディは、しっかりと王女の目を見据えていった。

 アンシは、その目を見返すと、

「もしそうしなければあなたが、わたくしを殺す?」

 訊く。

 グラディはゆっくりと首を横に振った。

「いえ、このヴァレンスという国が殺すのです。第二、第三のクヌプスを生んで」

「……肝に銘じておきましょう」

 グラディは、王女の後ろ姿を見送った。

 ようやく人心地ついたところ、グラディは肩で息をしている自分を感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ