第66話「小さな冒険の終わり」
リマリは知っている限りのことを話した。
話し終えたのち、勇者に補足を促したが、
「特に足すことはないよ」
という答えを得たので、そのまま、祖母に向かって、
「お父様をお止めできるのはおばあ様しかいらっしゃいません。どうぞ、よろしくお力添えください」
と話を結んだ。
リマリの祖母は、なるほど、と吐息をついてから、
「わたしには政治のことは分かりませんが、孫娘が人質に取られているのだとしたら、できる限りのことはしなければなりませんね」
そう言って、微笑した。
リマリは、わたくしが勝手に同行させていただいているのです、と祖母の言を訂正した。
祖母は、優しい目で孫娘を見ると、
「あなたのお父様は娘のことだけは考えているようですね。旅のおかげでしょう。見違えるようですよ、リマリ」
言って、
「よくもまあ従者もつけずにここまで来たものねえ」
と感嘆の色をあらわにした。
祖母の褒め言葉に、リマリは頬を染めながらも、
「勇者様がたに大変なご迷惑をおかけしています」
父の所業についてもう一度、言った。
「そうね」
祖母はそこで席を立つと、
「リマリが大変お世話になっております。ありがとうございます」
そう言って、勇者以下みなに向かって、深々と頭を下げた。
宰相の母という立場は、およそ人に礼など言う必要のない立場であり、しかし、それにも関わらず心からそれを行うことができる祖母という人が、リマリは大好きだった。
「断っておきますけど、オレの中では、リマリとグラディ卿は関係ない。リマリのことは好きだけど、グラディ卿は残念ながら好きとは言えない。もしも、ご母堂がご子息を説得できなかったら、ご子息と殺し合うことになります」
一団を代表して、祖母の礼に答えたのは勇者である。
それはただ事実を告げるかのような口調であり、それだけに彼の真意が良く分かるリマリだった。必ず勇者は言葉通りのことをするだろう。
祖母は、「確かにお聞きしました」と勇者の言葉を受け止めてから、
「早速、一筆したためることにしましょう。皆様は、ごゆっくりなさってください」
そう言って、部屋を後にした。行動の人である。勇者が感じ入ったような顔をするのをリマリは見た。その勇者が、
「可能性は?」
と訊いてきたので、リマリは、おそらくはまず確実に、と答えた。
「卿は親孝行者ってこと?」
「誰の言うことも聞かない代わりに祖母の言うことだけは聞くのではないか、とそう思ってます」
「そういうルールか」
「あくまで推測です。なんといっても、父のことはわたくしにはよく分かりませんので」
「なるほど。まあ、いいさ。これがうまく行かなかったら、後はもう王都に強行して戻るだけだ」
そうならないことをリマリは祈った。
勇者が国の第一位大臣と戦ったとなれば、ヴァレンス国の恥である。既にクヌプスの大乱によって、王室の威信が低下しているところにもってそのようなことが起これば、他国の侮りを受けることは必定。外交関係にとってうまくない。
それだけではなく、ピンポイントで父とだけ勇者がやりあえば、父個人だけの被害に収まるが、父に合力する者がいれば――そうしておそらくいるだろうが――彼らを巻き込んでしまい、父だけの被害に留まらなくなる。
――やっぱり、わたくしは親不孝者でしょうか。
父を国の「被害」として算出するという冷静さがリマリにはある。それは、父への愛情の薄さを表しているのだろうか。そんなことを考えてしまうリマリである。
「どうお思いになりますか? 勇者様」
「知らないよ、そんなの」
「わたくし、親のことを何とも思わない冷血人間なのでしょうか」
「だから知らないって」
「勇者様なら、知らないことはないはずです」
「いや、それは賢者だから。勇者は、ただ勇気があればいいから」
「魔王に立ち向かう勇気ですね?」
「女の子に告白する勇気だよ」
「じゃあ、勇者様もどなたかに告白なさったわけですね」
「してないね」
「それでは、勇者ではないではありませんか」
「オレが自称しているわけじゃないからなあ」
「これから、アレスとお呼びしてもいいですか? アレス」
「オレがいいって言う前に既に呼んでるだろ」
「はい、アレス」
「……たく」
「ありがとうございます!」
「いいとは言ってないだろ」
「ダメでしょうか?」
「いいよ」
「二度手間、どうもです!」
「貴家に育ったとは思えないほどのやんちゃぶりだなあ」
「よく言われます」
これからどうなるかは分からないが、とりあえず祖母の家に来たことを以って、リマリの小さな冒険は終わったと言って良い。小さな、ほんの小さな、冒険というよりは、多分に遠足とでも言った方が良いほどのものである。しかし、リマリは満足だった。成し遂げたことは成し遂げたことであり、それを素直に喜びたいとリマリは思った。
「みなさま、ありがとうございました!」
リマリは、一団に向かって、礼を述べた。
成し遂げたことは自分の力などではなく、みなの力を借りたものである。
そう素直に思える自分であることがリマリには嬉しかった。




