第64話「ミスティカまでの一週間」
目的地は、ミスティカという町である。
リマリの父であるグラディ卿の領地の一つである。風光明媚な町で、気候も良く、過ごしやすいところである。
そこまでの一週間、リマリが学ぶことは多かった。
そのうちの一。「生活するのは大変」
これまで侍女にかしづかれて何でもやってもらう生活をしてきたので、生活が大変だなどと思ったことは一度もなかったが、生活、すなわち、衣食住のことをこなしていくのがかなり大変なことだということを知った。
パーティの衣食住の世話をするのは、なぜかリーダーである勇者の役割になっていた。
「いじめられてるんだ、オレ」
という弁が真実であるかどうかはともかくとして、率先して動く勇者のサポートをリマリは志願した。
「衣」を取ってみれば、同じ服をずうっと着ているわけにはいかないものの、かといって毎日着替えるような服は無い。洗うにしても水がなければ洗いようもないわけだし、洗えたとしても干すところが無い。あったとしても、逃亡している身の上で、服を乾かす時間を待つことなどできない。つまり衣は、買いかえるほかはどうにもできないのだということをリマリは知った。そうして、買いかえるためには先立つものがいる。
「食」も「住」も同様の難しさがある。
リマリはそれらのことを骨の折れる問題だとは思ったが、嫌なことだとは思わなかった。
「貴家のお嬢様なのによくやるね」
とはマナエルに言われたことであるが、むしろ、リマリはそのように生活に関することを行えることが楽しくさえあった。暮らすということがどういうことなのか、もちろん、現在は旅の途上であるので、普通の暮らしとは別であろうけれども、それでもお屋敷住まいをしているときよりは、「分かった」と思えたからである。
そのうちの二。「世間は貧しい」
町や村をめぐるうちに、ヴァレンス国内の生活状況が分かってきた。反乱があったせいもあるかもしれないが、どの町や村も貧しくて活気が無かった。ソーゾックのような自由都市は例外だが、どこもかしこもおよそ明るさというものが無い。
「ここは貴族の為の国だからな」
これは勇者の言である。
「一握りの貴族の為にみんなが犠牲になってる。そういう国さ。周囲の国がそうしていたときなら、それは責められることじゃないかもしれないが、周りはもうその時代から抜け出しつつある。ヴァレンスはこのままだと周辺諸国から取り残されることになる」
ではどうすべきか、リマリが訊くと、
「さあな。それはオレの考えるべきことじゃない」
と勇者。リマリは質問を変えた。
「……貴族は必要ないのでしょうか?」
「それは確かだな。お屋敷暮らしは幸せだったか?」
「はい」
「その幸せは、多くの国民の不幸の上に成り立っている」
「……だからこその今回の反乱だったのですか?」
「多分な」
「魔王クヌプス……」
「そうだ。あいつが国民の声の代表だろ。それをオレたちがつぶしたわけだ」
勇者の声はあくまで軽かったが、その軽さに悲しみの色がにじんでいるようにリマリには聞こえた。
「その『オレたち』の中に貴族はほとんど入ってない」
「申し訳ありません」
「キミが謝ることじゃない。だが、謝るべき立場になるかもな。このまま成長すれば」
リマリはどう成長するにしろ努めたいと思っているむね述べたあと、
「他にもいろいろなところも成長させたいと思ってます!」
そう言って、むん、と胸を張った。
勇者は、「待て」と言ったあと、
「いや、そこはちっちゃいままでいいっていう男もいるからね」
言う。
「勇者様は、微乳派ですか?」
「どこで覚えたんだ、そんな言葉!?」
「侍女からいろいろと。侍女と話をするのは好きでした。色々な話を知っているので」
「それは何より。ただ、言葉を慎みたまへよ、レディ的に」
「わたくし、レディになれますか?」
「さあ、どうかな」
――もっと知りたい。もっといろいろなことをしたい。
もっともっと、という気持ちが大きくなる。
「来て良かったです」
「平気なのか、君は父親であるグラディ卿に反抗していることになる」
耳に心地よい声に、リマリはうっとりとする自分を感じた。
街道脇で小休止を取った時に、ズーマと話をする時間があった。
無類の時間と言える。
「父はわたくしがなにをしようが気にするような方ではありませんので」
「ほったらかしか?」
「いいえ、気にかけてくださってます」
「ならば、おかしな父子関係だと言わざるを得んな」
「ありがとうございます! ズーマ様!」
「褒めたわけではないのだがな」
「ズーマ様はご結婚は?」
「いや、一人身だ」
「どなたか心にお決めになった方は?」
「いない」
「そうですか! ちなみにどのような女性がお気に召しますか?」
ズーマの代わりに、
「ナイスバディの子だよな、ズーマ」
勇者が言う。
リマリは、ずうんと沈んだ顔を作ったあと、
「でも……わたくしがんばります、ズーマ様!」
そう言って、顔を上げた。
「好きだなあ、その話」と勇者。
ミスティカにはきっかり一週間で到着した。




