第62話「新たな連れ」
「そういうノリ、嫌いではないんだけど……」
マナエルは困ったような声を上げた。
「リマリのこと、よろしくお願いします」
ユーフェイは頭を下げた状態で言った。
「よろしくお願いされてもねー」
ユーフェイは頭を上げた。
「首をお取り下さい」
「……はい?」
「その代わりに、どうぞリマリのことをお願いします」
リマリは、マナエルからアイコンタクトを受けた。
リマリはうなずいた。
「ユーフェイは本気です」
そういう意図である
「あんたの首をもらっても何の得にもならないし」
マナエルは、ラミから訴えかけられるような視線で見られているのを感じた。
「人ひとり引き受けるっていうのはね、そう簡単なことじゃないの。あたしにはあなたがいるしね」
そう言って、ラミの頭に手を置いてから、
「自分で守ればいいじゃん。ついてきたら?」
正座した状態のユーフェイに言う。
ユーフェイは首を横に振った。
「皆さんとリマリにお許しをいただけたとしても、それはできません」
「グラディへの義理?」
「畏れ多いことですが、第二の父であると思っています」
「なるほどね」
マナエルは肩をすくめるようにすると、「アレス!」と鋭い声を上げた。
声に応じて、まるで忠実な番犬のようにすぐに姿を現した黒髪の少年は、いやいやといった調子でマナエルの後ろに来た。
「なんで隠れてるのよ?」
「女の子同士の喧嘩って怖くて」
「喧嘩なんかしてないでしょ」
「いや、杖の先でみぞおちを一撃してたよね。喧嘩じゃなかったら、ただの暴行になっちゃうけどいいの?」
「そういうわけで、リマリちゃんの面倒はあんたが見な、アレス」
「どういうわけだよ。そういう話になるの?」
「なるね」
「うーん……」
勇者は考える素振りを見せた。
リマリは自分と関係無いところで勝手に話が進められて、しかし、それに異を唱える資格が自分には無いことは認めざるを得なかった。
「とりあえず、その光を消しな。リマリ」
勇者に言われたリマリは、ひそやかに呪文を唱えて、魔法剣の効果を消した。元の短剣の姿に戻る。その瞬間、どっと疲労が襲って来て、思わずリマリはしゃがみ込んだ。
「リマリ!」
ユーフェイが心配の声を上げる。
ラミも、「大丈夫?」と隣から覗き込むようにした。
魔法剣は使用に際して、通常の武器と同様に体力を消耗する。ユーフェイとの対峙に緊張してその消耗を意識していなかったリマリに、今一気に襲いかかってきた格好だった。
リマリは無理矢理立ち上がって、短剣を腰の後ろの鞘に納めた。それから、ユーフェイに向かって微笑してみせた。友との別れに際して、無様な真似はできない。そうして立っていたけれど、無理は無理のようで、膝が崩れて地に倒れそうになった。
そこに後ろから手が伸びて、リマリの腋の下をぐいっと取って、その体を支えた。
「男らしい子だなあ」
上から降る呆れたような声に、リマリは、「わたくしは女です」と答えた。
「男より男らしいよ。オレが女の子だったら惚れてるね」
「褒められているのかしら」
「もちろん」
勇者は仕方なさそうな顔で、
「まあ、これも何かの縁だろ」
言うと、ユーフェイに顔を向けて、
「分かった。お嬢様を預かるよ」
続けた。
ユーフェイは無言で頭を下げた。
「本当ですか?」
リマリが訊くと、勇者はうなずいた。
「ただし、オレがいるときは、もうその短剣を抜くなよ」
「はい、その方が助かります。疲れました」
リマリは勇者に頼むと、手を離してもらった。
そうして、ほお、と一つ息をつくと、ユーフェイに言った。
「これまでありがとう、ユーフェイ。行ってきます」
「行ってらっしゃい、お気をつけて」
張り詰めた顔を崩さないユーフェイにリマリは、
「笑った方が可愛いよ」
と言うと、しかし、ユーフェイは微笑んだりすることはせず立ち上がり、みなに頭を下げた。そうして背を向けると、路地の奥へと遠ざかっていった。
リマリはユーフェイの背を目で追うようなことはせず、振り返ると、
「ご迷惑おかけしました。そして、おかけします」
と元気な声を上げた。
そうして、それで力を使い切ったかのように地面に倒れ込んだ。
それを抱き留める力強い腕がある。
「……さっそくご迷惑をおかけします、勇者様」
「いつかいいことあるといいなあ、オレに」と勇者。
「勇者様のために地の神にお祈りしておきます」
「可愛い女の子と出会えるように祈っておいてくれよな」
「わたくしも結構可愛いのではないかと思いますが」
「訂正するよ。可愛くて、自分のことを可愛いとか言わない子に出会えるように祈っておいてくれ」
「分かりました」
リマリは、勇者に背負われた。
「重ね重ね申し訳ないことを」
「いいさ」
勇者は、マナエルとラミに、宿に帰るむね伝えた。
「あたしたちで買い物はしとくよ」
「頼む」
二人と別れた勇者は、宿への道をたどった。
「あの……勇者様?」
「ん? お尻触ってる?」
「いえ……どうしてボンラの村で、わたくしについて来るかどうか訊いたんですか?」
「来たそうな顔してたろ」
勇者の返答は簡単で、しかし、その簡単さは彼の覚悟を表している。
リマリは、勇者がボンラ村のあのときから自分を引き受ける覚悟があったことを悟った。




