第58話「ゲームは楽しんだもの勝ち」
夜の街道を、馬車が行く。
馬車からは、魔法の光が放射されている。
それは、闇を白く切り取るようにして、行く先を照らしていた。
夏の夜気は心地よく涼しく、切れた雲の隙間から時折、月がのぞく。
夜の中を走るリマリは、これまでしたことの無い経験に、どきどきしていた。
そこに、隣からため息が聞こえてくる。
「大丈夫ですか、勇者様?」
訊くと、勇者が答える。
「大丈夫かって? いや、全然。全然大丈夫じゃないね。なんなの、オレ、何か悪いことした? いや、してないよね。むしろ、いいことしたよね。魔王倒したよね。それが、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。今頃どっかでゆったり、可愛いあの子といちゃいちゃしてる予定がさあ」
それもこれも父のせいである。
リマリは素直に謝った。
「だよね。キミのおやじさんが悪いよね。おやじさんは何を考えてるんだよ」
それはリマリにも分からない。しかし、想像できることはあって、
「父はゲーム好きなんじゃないかと思います」
思うところを言ってみた。
「ゲーマー?」
「はい」
「どういうこと?」
「ゲームが好きなんじゃないかと。父にとっては生きること自体が一つのゲームであり、それを楽しんでいるのではないかと思います」
リマリが見る父とはそういう人だった。
「……オレはそのゲームの相手に選ばれたってことか」
「はい。勇者様の前が、反乱の首謀者クヌプスだったのではないかと」
「面白いこと言うなあ」
「お気に障ったら申し訳ありません」
「いや、別にそんなことないよ。ゲーム……ゲームか……」
「父はもしかしたらそのゲームに勝とうとは思ってないのかもしれません」
「て言うと?」
「ただ楽しみたいだけなのかも」
「だから強いのか」
勝とうとしないから強い。
「あらかじめ言っておくけど、オレはいざとなったらキミのおやじさんを殺す。そうしてないのは、それが難しいからじゃない」
勇者は言った。
言いたいことは分かるような気がするリマリである。
僭越ではあるけれど、現在、ヴァレンスの政柄は父が握っている。病床にある王と未だ年若い王女では国政を行うこと難しく、もしも父がいなければ今度の反乱にも耐え得たかどうか。その父を除けばどうなるか、ヴァレンスは混乱状態に陥るだろう。
父に代わる第二位のエグザム卿は、リマリは一度だけ挨拶したことがあるのだが、人を虫のように見る傲岸極まりない人間性を備えていた。ボンラ村に入る前にユーフェイが退けた曲者がいたが、その曲者がエグザム卿の名前を出していたわけだけれど、いかにもありそうだとリマリの直感は告げていた。
うつらうつらとしていたら、いつの間にか夜が白んでいる。
勇者に寄りかかるようにしていたリマリは、すぐに体をまっすぐにして、非礼を詫びた。
「客車で寝な」と勇者。
「いいえ、もう大丈夫です」
「大丈夫ってなんだよ。御者台にいるのは、別にキミの役目じゃないぞ」
「勇者様が退屈なさらないようにと。そのくらいしかお役に立てませんので」
「確かに退屈はしなかったよ。キミがいつずり落ちるかと思って気が気じゃなくて」
「勇者様、朝日です」
「聞けよ」
山の稜線から姿を現した日を、眩しげにリマリは見た。
客車のドアが開いて、ゾウンが顔を見せた。
「代わってやるから、停めな。アレス。小休止にしようぜ」
馬車が街道の脇に止まる。
「マナの様子は?」
馬車から降りたゾウンが勇者に訊く。
「マナ? ん、ああ、無事みたいだけど……」
「どうした?」
「怒りまくってる」
「まじか……」
「マジ。スタフォロンから追い出されたことが相当頭に来てる」
「あいつ、恋人作ればよくね? そうすれば、丸くなるだろ、性格」
「恋人という名のいけにえだな。ゾウン、立候補しろよ」
「外見が中身を忠実に表してたら、立候補したくもなるけどな。サイ、お前はどうだ?」
「わたしは国元に婚約者を残しておりますので」とサイ。
「うそつけ」
「どうして分かったんです?」
リマリは、少年たちの掛け合いを聞きながら、地面に火を起こしていた。火の起こし方などこの旅に出るまでは知らなかったが、護衛兵がやっているのを見て覚えた。火を起こしてからお湯を沸かし、全員分のお茶を入れる。これまでは全て侍女にやってもらっていたことを自分がやることに何の抵抗も覚えないというのが、リマリという少女の美質だった。
「それで、合流したあとはどうするんだよ、アレス?」
「どうするって……うーん、どうすっかなあ」
「考えてないのかよ」
「人任せにしないで、自分でも考えろよ、ゾウン」
「お前、リーダーだろ」
「リーダーの仕事は決断することだ。考えるのは、仲間の役目だろ」
「たくよお……サイ?」
「当初の予定では、リマリさんをエグザム卿に引き渡すと言って、グラディ卿を脅し譲歩を引き出すつもりでしたが、それがうまくなさそうなので、さて、どうしましょうか」
近くで聞いていたリマリはびっくりした。
まさかそんな予定だったとは。
仮に脅すだけだとしても、ぞっとしない話である。
「……あの、父の生家に行くというのはいかがでしょうか」
リマリはおずおずと言った。




