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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
第6章「リマリのダガー」
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第57話「スタフォロンの凶事」

 悪夢に目を覚ますと、暗闇に包まれていた。夜である。

 体を起こしたリマリは、ふうと息をついた。

 背にかいた汗の冷たさが心地悪い。

――夢……ですか。

 馬車の客車の中である。そのソファに身を横たえていたのだ。寝具は毛布一つ。ついこの前までは、豪奢かつ清潔・快適なベッドで眠っていた自分がこんなところで寝ているとは、我ながら不思議な気持ちがするリマリである。

 外は雲っているのか、月光は射さない。

 見た夢は、昨日のボンラでの戦闘シーンだった。勇者とその仲間が、護衛兵を斬り捨てるところである。勇者たちの剣になすすべなく斬られていく護衛兵たち。残酷極まりないシーンだった。

 リマリは、死んでいった者たちに黙祷(もくとう)を捧げた。

「どうかした?」

 近くから声が聞こえて、リマリはどきりとした。

「コウコ様」

 対面のソファで身を横たえているはずの少女の姿は、闇に隠れて見えない。

「変な夢でも見たの?」

 続けられた声に、リマリは、ハイと答えた。

「起こしてしまいましたか、コウコ様」

「ほんのちょっとしたことでも起きる体質なの。あなたの所為じゃない。あと、『様』はいらない。わたしは別に偉くない」

「勇者様のお仲間です」

「……仲間」

「はい」

「仲間じゃないわ」

 コウコの声には、悲しみの色がある。

 リマリはそれ以上は問わず、「では、コウコとお呼びします」とだけ言った。

「訊いていい?」とコウコ。

「なんなりと」

「いつまでアレスについていくつもりなの?」

「わたくしにも分かりません」

「分からない?」

「はい。全くの勢いでついてきただけですので」

 リマリは正直に答えた。

「……変わってるね」

「自分でもそう思います」

「色々と危険なことが起こるかもしれない」

「覚悟の上です」

「できるだけアレスのそばにいること。そうすれば守ってくれる」

「肝に銘じます……コウコは勇者様の恋人?」

「……勇者の恋人は王女と決まってるわ」

「それを引き裂いているのが、父なのですね?」

 おおよその事情は既に聞いているリマリである。

「…………」

 沈黙が落ちた。

 リマリは深夜の静けさの中で、友人のことを考えた。

 ユーフェイのことが気になる。彼女は必ず自分を追ってくるという確信があった。こちらの馬車は大して急いでいるわけでもないので、ユーフェイが馬で急行していたとしたら、もう追いついてもいい頃じゃないかしら、と机上で計算する。

――追いかけて来れないような事情が何か現れてくれているといいけれど。

 リマリはユーフェイに追いついてもらいたいとは思っていない。追いついたら、今度こそ確実に彼女は死ぬだろう。

「……サイ様は外でお休みになって平気でしょうか」

 あまりに沈黙が長いので、もしか眠ってしまったのかなあ、と思ったリマリは、一人ごとのように言った。

「サイは殺しても死なない」

 ユーフェイが怪我をさせたサイは、外に張ったテントの中で休んでいる。

 刺された当日である昨日一日は起きられなかったようだが、今日は体を動かすのに支障は無いようだった。

「……すごい魔導士なんですね」

「気持ち悪いだけよ」

「え……」

 リマリは、なんともリアクションに困った。

 毛布が落ちる音が聞こえ、空気が動いた。

「……何か来た」

 コウコの声がひそやかである。

「え?」

「気配がする」

 静かな闇の中に何かを感じ取ったのだろうか。

 コウコの確信に、「もしかして、ユーフェイ……?」とリマリは思った。

「静かに」

 ユーフェイでも怖いが、ユーフェイでなかったらもっと怖い。緊張したリマリだったが、ドアにノックの音がしたのでホッとした。曲者(くせもの)であれば、そんなに礼儀正しいわけがない。

「入るぞ」

 続いて聞こえてきたのが、アレスの声だったので、リマリは安心した。

 中に入って来たアレスは、

「起きてたのか」

 と闇の中を見通すような言い方をした。

「どうしたの?」とコウコ。

「夜這いだよ。お前を襲いに来たんだ」

「……そのつまらないことを言う癖直らないの?」

「『いつでも心に冗談を』だよ」

「それで?」

「どうやらスタフォロンで変事があったらしい」

「変事?」

「残してきたマナエルとラミが襲われた」

 どうしてそんなことが分かるのだろう、とリマリは思ったが、口を挟まなかった。

「なので、寝てるところ悪いけど、今から出る。二人とはソーゾックで合流する」

「二人じゃなくて三人でしょ。ズーマがいる」

「あー、いたな、確かに。つい忘れちゃうんだよな。とにかく出るので、服着ろよ」

「見えるの?」

「いや、見えない。言ってみただけ」

 そう言うと、アレスは客車を出た。御者台へ向かうのだろう。

「遠く離れたところのことを知ることができるのは魔法ですか?」

 リマリが訊くと、

「勇者の魔法。至純にして至尊なる者(サンルミズマ)との契約によって手に入れた力」

 コウコが答える。

「サンルミズマ?」

 そのとき、サイとゾウンが乗り込んで来た。

 リマリは、御者台に出ることにした。

「勇者様のお話相手を務めます」

 御者台に出ると、

「――迂回しながらにしろ。街道は見張られてるかもしれないからな」

 誰と話しているのか、アレスの声が聞こえた。

「よし、出るぞ」

 リマリが隣に腰を落ち着けるのを確認してから、アレスは言った。

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