第55話「撤退のパーティ」
それは油断ではなく、信頼だろう。
リマリを守るという目的のもとに共闘している者に対する信頼。
そういう信頼に応えたい自分を感じつつ、ユーフェイはフランベルジェを振るった。
神速の突きと言って良い。
ずぶりと肉の感触がして、細身剣を引き抜いたユーフェイは、すぐにリマリの手を引いて、その場から下がった。
「サイ!」
村人風暗殺者に向かおうとしていたゾウンが、振り向く。その目に、ふくふくとした体が、地面に倒れるのが映る。
ユーフェイはリマリの手をさらに引いて、その場から離れようとした。
しかし、リマリが動こうとしない。
「リマリ!」
「ユーフェイ。人は何をしてもいいけれど、卑怯なことだけはしてはダメです。それは面白いことではないから」
そう言ったリマリは、ユーフェイの手を振り切るようにして、サイとゾウンのもとへと向かった。
追いかけようとしたユーフェイの背に、ぞっとするような気配がある。
「……どけよ」
振り返らずに跳んだユーフェイは、反射的に出したフランベルジェに衝撃を感じ、その衝撃で体が吹き飛ばされた。そのまま、地に転がるようになる。見上げたユーフェイの目に、鬼のような形相をしたアレスが映った。
横から襲いかかって来たリマリの護衛兵を、アレスは体の向きを変えてその護衛兵に向けながら、袈裟斬りに、斬って捨てた。そのまま、次に襲いかかって来た暗殺者の短剣の一撃を受け、受けた瞬間に飛んできた矢をステップしてかわす。かわしざま、目の前にいた暗殺者を斬った。
――強い……。
なんていうものではない。レベルそのものが違う。ユーフェイも大概、修行を積み、戦場を踏んで来たが、どういう激烈な生き方をすればあのようになれるのか、想像さえできない。
アレスがサイのもとへと近づいたとき、倒れていたサイが普通に体を起こしたのが見えて、ユーフェイは仰天した。命に届く一撃だったはずである。なぜ立てる?
「それは秘密です」
サイは、絶望的な顔をしていたゾウンに言った。
「お前、死んでないのかよ?」
「死んでません。しかし、動けません」
「ん?」
「これ以上、動けないんですよ。死ななかっただけマシですが、立ち上がれないんです。背負ってってください、ゾウン、あるいはアレス」
合流したアレスはホッとした顔を見せつつも、
「オレは殿を引き受ける。ゾウン、コウコを護衛につけるから退け」
サイをゾウンに押し付けた。
「ちっ、オレかよ。なんで男なんか運ばなきゃいけないんだ。てか、コウコは護衛になんか来ないんじゃないか?」
「……あいつ、どこいるの?」
「あそこ見ろよ」
「……あー、道理で矢があんま降って来ないわけだ」
コウコは家の屋根に登っていて、そこで大立ち回りを演じていた。射手となっている暗殺者をおおかた倒し、今また一人倒す。そのあと、彼女は屋根からひらりと降りて着地すると、着地しざまに地を蹴って、別の暗殺者に向かう。
「サイの言った通り、お前よりコウコの方がよっぽど役に立つなあ。今度からあいつをリーダーにするか。見栄えもするしな」
「勇者は顔じゃないよ。心意気だよ」
アレスは、近くに少女を見た。
「君はどうする?」
「参ります」
リマリは、はっきりと答えた。
「リマリ!」
ユーフェイは立ち上がると、フランベルジェに炎を灯した。
戦況は全く芳しくない。
二十名ほどいたリマリの護衛兵たちもすでに二三人となり、暗殺者連はもともと何人いたか分からないけれど、二十数戸の村の村人に化けるくらいだから相当数いただろう。その相当数が累々とした死体になって、地に落ち屋根の上に沈んでいる。
それに比べ、こちらの戦果としては、勇者パーティのメンバーひとり。しかも、死んではいない。どうやら動けないようではあるが。
「ユーフェイ、来ないでください」
リマリが静かに言った。
「来れば、あなたは死にます」
確かにリマリの言う通りだと、ユーフェイは思った。
しかし、だからといって引き下がれない思いがある。
ユーフェイは突撃した。そうして、突きを放つ。
放った先に、勇者の胸があった。
ユーフェイの一撃は手ごたえを得ない。だが、それでいい。今の一撃は、勇者の命を狙ったものではない。単なる牽制である。ユーフェイが用があるのは、主の娘であり、妹である存在だった。
リマリに向かったユーフェイは、ぶんと振られたロングソードの一撃をなんとか、フランベルジェで防いだ。しかし、防ぎきれず、そのままフランベルジェ越しにロングソードの一撃を脇腹に受けた。
「……ぐっ」
ユーフェイは、打撃の瞬間自分から飛ぶようにしたが、エネルギーを逃がしきれず、再び地面に転がった。立ち上がったユーフェイの脇腹に激痛が走る。
「おい、ユーフェイだったな。次に会ったら、てめえはぶっ殺す。ダチの敵だ」
ゾウンがサイを背負った状態で言った。ユーフェイに対する一撃はゾウンのもので、しかも背にサイを負った状態での一撃だった。
「まだ死んでませんけど、ゾウン」とサイ。
いつの間にか、コウコも合流していた。
「よし、行くぞ」
アレスの声で、パーティが撤退を開始する。
「健やかに、ユーフェイ」
リマリの言葉は簡単である。
その背を追う力がユーフェイにはない。




