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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
第5章「ユーフェイのフランベルジェ」
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第52話「手と手を取って」

 しかし、イメージはイメージのままで、本当にはならなかった。

 ユーフェイは、剣を抜き終わったその姿勢のままで、止まらざるを得なかった。

 刀の先が、ユーフェイの首元に突きつけられている。

「やめておいたほうがいい」

 燃えるような色の髪をした同じくらいの年の少女が言った。

――勇者パーティの一人か……。

 それ以外に後れを取ったとは思いたくないユーフェイである。

 次の瞬間、ユーフェイの後ろにいた二十人からの仲間たちが一斉に抜刀した。リーダーが武器を突きつけられているのだから、それは当然の行為だった。

「みな、静まりなさい」

 声はリマリのものである。彼女はアレスと向かい合った体勢のまま、さして大きくもない声で言った。しかし、それが貴家で生まれ育ったものが持つ特性なのか、その声には人を従わせる威が確かにあった。

 抜刀したまま動きを止める護衛のものたち。

 その「みな」の中に入る気はないユーフェイである。友人に暴行を働くという宣言を聞かされて黙っていられるほど、大人ではない。言うに事欠いて、「気絶させることになる」とは何事か。おつむに来たユーフェイの近くで、

「はい、取りました」

 リマリの明るい声が上がる。その手がアレスの手をつかんでいる。

 ユーフェイは刀を突きつけられた状態のまま、

「ご説明願おう、勇者殿」

 語気鋭く言った。

 それに対する勇者の答えは、

「うーん、まあなんつーか、いわゆる人質ってやつ?」

 ゆるいことこの上ないものだった。

「……人質」

「気は進まないけどな」

「破廉恥な」

「育ちが悪いんでね」

「その手を離せ」

「分かったよ」

 アレスはあっさりと手を開いた。が、開いたその手をリマリは解放しなかった。

「リマリ」とユーフェイ。

「あなたは落ち着きなさい、ユーフェイ。大丈夫。この人はわたくしたちに危害を加えるようなことはしません」

 確信ありげに言うリマリのその言葉に確信など全く無いことをユーフェイは知っていた。ただノリで言っているだけである。リマリとはもう六年の付き合いになる。彼女の性質はある程度つかんでいた。

――この状況を楽しんでいる……?

 どうもそのような気がしてならない。

 ユーフェイはフランベルジェを地面に投げた。そうして、背後の護衛の者たちにも剣を納めるように言った。それに応じるかのように、赤髪の少女が、すっと刀を鞘に戻した。

 アレスはリマリに手をつかまれたまま、よっとフランベルジェを拾うと、それをユーフェイに返した。

 ユーフェイは憎々しげな目をして、それを受け取った。

 アレスがそれを見とがめたように、

「相当怒っているようだけどな。でも、怒っているのはこっちが先だからな、それを忘れるな」

 言った。

「その怒りは、無関係な女子にも及ぶのか?」

「気は進まないと言ってるだろ」

「結婚を申し込みに来たその相手にすることがこれとは」

「手をつないでる。むしろ、二人の仲は進展したわけだよ、女剣士くん」

「ふざけたことを……」

 ユーフェイはフランベルジェを鞘に戻した。今は、鞘に戻しておくのが得策である。

「あの、勇者様?」

 リマリが口を差し挟んだ。

「はいはい?」

「これからどういうことになるんでしょうか?」

「うーん、そうだなー。スタフォロンまで遠乗り(ドライブ)っていうのは?」

「ステキです」

「じゃあ、良かった」

「いろいろお話聞かせてください」

「女の子を楽しませる話の持ち合わせには一抹の不安があるんだけど」

「わたくし、わりとどんなお話でも楽しく聞けるので、大丈夫です」

「そ、そう……じゃあ、良かった」

 どこまでが正気でどこまでが冗談なのか、冗談に慣れていないユーフェイには、彼らの会話の真意が良く分からなかった。それよりも――

――何か妙だ……。

 勇者に会うことで緊張していたからか、これまで気がつかなったが、この村の雰囲気になにやら違和感のようなものがあるのをユーフェイは感じた。どこがどうおかしいとは言えないが、なにかがおかしい。見渡す限りの質朴な小屋と、そこに出入りする田舎人たち。どこもおかしいようには見えないが……。

「でも、変な村ですね、ここ」

 まるでユーフェイの心持ちを読み取ったかのようなことをリマリが口に出した。

「変って、何が?」とアレス。

 リマリは小首を傾げるようにすると、

「だって、子どもが全然見えないんですもの」

 と答えた。

 それだ、とユーフェイは思った。小さい村なので人自体があまり見えないのはいい。しかし、子どもが全く見えないのはおかしい。村に突然やってきた大人数を怖がって家から出ないようにするような、そういう分別を持たないのがまさに子どもという存在なのである。

「へー、すごいな、キミ。よくそんなことに気付いたもんだ」

 アレスが心底から感心するような口調で言った。

 リマリは、褒められて嬉しそうな顔をした。

「どうしてなのですか、勇者様?」

「多分、引っ越したんだろ。ここから」

「子どもだけでですか?」

「いや、もちろん、親と一緒に」

「じゃあ、今ここにいる方たちは?」

「グラディの刺客だよ」

 アレスはそう言うと、リマリの手を引いて歩き出した。

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