第47話「第一位大臣の養女」
明朝、リマリとユーフェイを乗せた馬車はルゼリアを出た。
昨日と同様の良い天気である。
同行する馬車が四台あって、結構な大所帯だった。
「帰りの馬車に勇者様を乗せて帰って来られると良いのだけれど」
客室内でリマリが笑いながら言う。
その笑いには影がない。
「顔を見たこともないのに平気なのですか、リマリ」
ユーフェイが訊くと、
「いまだかつて勇者が不細工だったという話を聞いたことがありません。きっとお美しい方であるに違いありません」
リマリが自信ありげに答えた。
ユーフェイは、そうですね、と同意しておいた。
目的地のボンラは、戸数二十戸強の小さな村である。
グラディ卿がお見合いの場所にボンラを選んだことが何を意味するのか。ユーフェイは、道中主にそれを考えていた。本当にその村で勇者を抹殺するつもりであるなら、おそらくは何らかの罠をしかけるために都合がよいということだろう。仮にそうだとして、どんな罠か。そこからは想像することさえできないユーフェイである。
勇者を抹殺するつもりでないとしたら、本気で末娘を勇者に娶わせようとしていることになるが、この場合、ボンラを選んだ理由は分かりやすい。ルゼリア、スタフォロンと等距離にあり公平であること、小さな村であれば目立たないこと。そういうことだろう。
――どちらかと言えば、前者か……。
ユーフェイは、ボンラでドンパチがあるものと思っている。根拠は無い。無いが、感じられるものがあって、そういう感覚こそが生死の際では重要なのだということを、クヌプス反乱軍と戦って死線をさまよったことのあるユーフェイは知っている。
ユーフェイがグラディと出会ったのは、彼女が十歳のときのことだった。
ユーフェイはヴァレンス人ではない。ヴァレンス人が五百年前にこの地に入植する以前からずっと住んでいた原住民の一族である。ユーフェイの一族は他の部族同様、ヴァレンス王家から迫害を受け、少数派として苦しい生活を送っていたときに、山賊によって村ごと滅ぼされた。ユーフェイが父母と一緒に逃げ込んだのが、グラディ卿の領地の一つである。
逃亡マイノリティに安閑とした生活などあり得ない。逃げ込んだ先で一層苦しい生活を送っていたある日のこと、ユーフェイはグラディと出会った。そのときのことは今もって明らかである。
馬上の颯爽とした姿でグラディ卿は、領地内を見回っていた。領主を一目見んと集まった領民にたまたま加わっていたユーフェイは、誰かに後ろから押されるようにして前に出てしまし、卿の進路をふさぐ格好となった。
無礼にざわつく家来と領民たちの前で、ひとりグラディだけが静かである。
すぐに離れようとしたユーフェイに、
「待て待て」
とグラディの声がかかる。
馬上から地に降りたグラディは、
「なにができる?」
と訊いた。十歳の子に問うには、かなりおおざっぱなものだろう。
しかし、ユーフェイはその問いの意図を正確に理解して、
「剣と魔法」
答えた。その答えを聞いたグラディは面白そうに笑うと、
「この子の父と母は!」
と周囲に向かって大声を出した。すると、
「ユーフェイ!」
雑踏ではぐれた娘の姿をようやく見つけ出した母が駆け寄って来るのが、ユーフェイの目に映った。
母は自分たちを保護している領主に向かって、平謝りに謝ろうとしたが、
「よい。それよりも、娘を一時借りたい」
言って、母の顔を戸惑わせた。
「夕刻までには必ず返す」
そう続けると、グラディは、ユーフェイに向かって手を差し出した。ユーフェイはその手を取った。
馬に同乗させられたユーフェイは、グラディの取る手綱のもとで、自分たちの住んでいた村を見ることになる。今もなお山賊に占拠された村である。そこへ、グラディの率いた部隊が襲いかかる。ユーフェイの村は、間もなく山賊から解放された。
約束通り、夕陽が差す頃に、娘を母に返したグラディは、返しざまに、
「この子をわたしに預けてもらいたい。我が家の養子としたい」
と言って、母とさらに、そこに一緒にいた父を呆然とさせた。
しかし、ユーフェイは不思議ではなかった。
最初のグラディ卿の質問が一種の試験だったということを感じていたからである。
父母は、悲しみつつも娘を預けることに決めた。娘の幸せを考えたのである。
王都に連れていかれたユーフェイはそこで教育を受け、業を修めた。唐突に家族になった娘に対し、グラディ卿の家族は優しかった。最も仲良くなったのがリマリである。
そのリマリが、客車の中を立って、自分の隣に来るのをユーフェイは見た。
「髪伸ばしませんか? ユーフェイ」
「似合いませんので」
「そんなことないでしょう」
「それに髪が長ければそれだけ戦闘時に邪魔になるんです」
「戦闘?」
「万が一そのようなこともあるかと……反乱軍の残党がでるやもしれません」
「殺伐としていますね……とにかく、長くしたらわたしに髪の毛を結ばせてくださいね」
ユーフェイは、一緒の客車内にいる侍女の髪を見た。
なかなかアーティスティックにくしゃくしゃな感じになっている。
「失敗は成功の母ですよ、ユーフェイ」
リマリが言う。
いい言葉だと思った。
特に失敗した当人にとっては。




