第44話「任務完了」
「アレス様でしょうか」
新来の男の子にサカレは尋ねた。
「そうだけど」
彼の答えに応じる格好で、サカレは膝をついた。
「わたしは、サカレと申します。グラディ卿の使者として参りました」
アレスは眉をひそめた。
「グラディの使者だって?」
「そうです」
「何の用だよ」
「書状を預かって参りました」
サカレはそう言って、シューハにもたせていた書状をアレスに手渡した。書状は箱に納められてある。
サカレの迷いは一瞬のことだった。
「あの、アレス殿」
「ん?」
「その書状なんですが、爆発する恐れもあります」
「ええっ?」
「トラップの可能性があるので」
アレスは分からない顔を作った。それはそうだろう、とサカレは思った。あらかじめそんなことを言ってしまったらトラップの意味が無い。しかし、サカレは勇者パーティを害せんとするような意図を持っていないのであり、それよりなにより仲間が巻き添えになっては困る。
「サイ、頼めるか?」
アレスが書状をサイに渡すと、サイは「分かりました」と言って、何ごとかひそやかに呪文を唱えた。それからすぐに、「大丈夫です」と手紙に害がないことを告げた。
アレスはほっとしたような顔で、心おきなく手紙を開いた。
文面を読んだアレスの顔が、「ん?」と疑問符に彩られる。
なにかおかしなことが書いてあったのだろうか、中身を読んでいないサカレには想像することしかできない。まっさきに思いつくのは脅迫である。早く帰って来ないとひどい目に遭うぞ、的な。しかし、それは向こうも想像するだろうから、不思議に思うような反応にはならないだろう。とすると、一体何が書いてあるのか。
「えっと、サカレさんだっけ?」
アレスが言う。
「はい、勇者様」
「つかぬことをお聞きするけども……」
「はい?」
「グラディの末娘って、可愛い?」
「……はい?」
唐突な話題の振られ方にサカレは戸惑った。
――なに言ってるんだろうか、この人。
そういう気持ちを押し隠して、サカレは、
「存じません。お会いしたことがありませんので」
と真面目に答えた。
「うーん」
とアレスはうなるようにすると、手紙を、ゾウンとサイ、それから赤毛の少女にも見せた。
ゾウンの口元から、「はははははっ」と大きな笑い声が上がった。そのあと、サイが、横を見ながら笑いを抑えようとする。赤毛の少女はピクリともしなかった。
「見るか?」
アレスが、パーティをめぐって返って来た手紙を、サカレに差し出した。
サカレは、いいのだろうか、と思いつつ、好奇心に負ける格好で、手紙を受け取った。
その手紙を一読したサカレは、大いに戸惑った。
手紙には脅迫文どころか、丁重に挨拶が述べられたあと、
「我が家の末娘が勇者殿をお慕い申し上げており、あまりに慕い過ぎていて食事ものどを通らない有様です。もし娘を憐れんでくださるのなら、どうぞお召しものを着替えさせる用にでもお使いいただきたく、伏してお願い申す所存です」
というような趣旨のことが書かれていた。
つまり、末娘と結婚してもらいたいという、結婚申し込みである。
「えーと……おめでとうございます」
そう言って、サカレは書状をアレスに返した。
「いや、何もおめでたくないからね。何を考えてんだよ、グラディは?」
「わたしには分かりかねます」
「じゃあ、オレにはよっぽど分からないね。部下のあんたに分からないんじゃ」
「わたしは部下ではありません」
「パシリにされてるのに?」
うっ、とサカレは言葉に詰まった。確かに、使者として来ている以上、部下と思われても仕方ないだろう。サカレはそのとき初めて、アレスの顔をまじまじと見た。ゾウンに比べると穏やかな顔つきをしていて、
――魔王を倒したにしては押し出しが足りないなあ……。
とサカレは思った。
「それでさあ、これに返事をしなくちゃいけないの?」
アレスにそう問われて、サカレは返答に困った。父から言われていたのは、単にグラディ卿の親書を渡すようにということであって、その他はここスタフォロンの様子を見て来いと言われただけで、アレスの返答については指示を受けていない。
――でも……。
手紙の内容が何かしらの申し込みなのであれば、それに対しての返答を得ることが自分の任務ではなかろうか、とサカレは素直に考えた。なので、はい、とうなずいた。
「じゃあ、ちょっと考えさせてくれ、いろいろと」
「はい、もちろんです」
そう答えたものの、全然もちろんなんかじゃない気持ちのサカレである。アレスに書状を渡したのちは、スタフォロンの状況をざっと確認して速やかに帰ろうと思っていた。アレスが考える時間がどのくらいかは分からないが、その間ここにとどまらなければならないのは計算外だった。
「とりあえず会ってみるかな。そうグラディに伝えてくれ」
しかし、サカレの心配は無用なものだった。
アレスはあっさりと答えを出してくれた。
「ちょっと」というのは文字通りの意味だったようだ。
サカレは、「は、はあ」と呆けたような答えを返した。
とりあえず、任務が終了した瞬間だった。