第43話「本物登場」
テミアとヴァンは呆けたような顔をシューハに向けた。
それは、サカレも同様である。
勇者じゃなければ、一体、誰と戦っていたのか。
シューハに目で問うと、
「それはわたしにも分かりません。ただ、以前お会いした時の方とはお顔が違うようです。わたしの記憶に間違いがなければですが」
という頼りない答えが返ってきた。
どうやら自己紹介してもらうしかないらしい。サカレが相変わらずじんじんとする腕の痛みに耐えながら、勇者……の名を騙っていた少年に顔を向けると、
「こら! あんた、いったい誰よ?」
一足早くテミアの威勢のいい声がして、声だけでなく一足飛びに間を詰めると手切り棒で少年ののど元を狙った。殺気がてんこ盛りの一撃である。その一方で弟のヴァンの方は、腰につけた二つの鞘に両手の武器を納めた。
「武器を捨ててるっていうのに乱暴な女だ。絶対、恋人いないだろう」
少年は、テミアの手切り棒をかわしざま、彼女の手首を取った。
「いるね、いまくるね」
テミアがかみつかんばかりの勢いで答える。
――あ、やっぱいるんだ。
サカレがいいなあ、と思っていると、
「お若いかた、お名前をうかがっても?」
シューハが声を大きくする。
少年にかけた言葉だ。
――それにしても……。
シューハも人が悪い。勇者じゃないと感じていたなら教えてくれても良かったのに。
視線に恨みの色があるのを読み取ったのか、シューハは、しかし、悪びれもしない様子で、
「言い出す機がなかったのです。確信もありませんでしたし」
しれっと言った。
それは明確に嘘である。人違いを改めさせることもできないような人を、父が自分の代人として領地に遣わしているわけがない。
とはいえ、サカレは、自分の間違いを人のせいにするような性情の暗さを持っていない。
――まあ、いっか。
問題は本当の勇者がどこにいるのかというそのことだった。
そしてとりあえず、腕が尋常じゃなく痛い。サカレは、山刀を腰の後ろに回してある鞘にしまうと、立っていられなくなってうずくまった。
「ちょっと、どこ行くの! 止まれ!」
次の瞬間テミアが叫ぶ声が聞こえてきて、すぐにサカレの視界に見慣れないブーツが映った。次の瞬間、背中と膝裏あたりに何か力強いものが回されたかと思うと、ふわりと体が持ち上がるのを感じた。
「え、え、え……」
いきなり宙に浮く格好になって、サカレは戸惑いの声を上げたが、すぐ近くに野性味のある顔を見て、そうして自分が抱き上げられているのを知った時は、何が起こっているのか理解できず、戸惑うことすらできなかった。
「おれの名前はゾウン。改めて、よろしくな。グラディのクソ従者さん」
そう言うと、ぼーっとしているサカレに微笑を向けると、少年は、彼女を抱き上げたまま、庭を早足で歩いて宿屋の中へと入った。
「待ちなさい!」
テミアの鋭い声を聞きながら、サカレは、男の子の胸って固いんだなあ、とぼんやり思っていた。
「終わりましたか」
ゾウンが向かって行った先に、さきほど彼がいたテーブルがあって、そこには、ほっぺたがふっくらとした少年と、赤毛の少女が座っていた。さっきのメンバーである。
「腕を怪我した。診てやってくれ、サイ」
ゾウンは言うと、
「おろすぞ」
とサカレに声を落とした。
サカレは無言でうなずいた。
「もっと食った方がいいな。体、軽すぎ」
椅子に座らされたサカレは、ゾウンの言葉に真っ赤になった。
すぐに、テミアとヴァン、それからシューハが合流する。
「何をする気!」とテミア。
「うるせえ女だ。腕を治療してやるんだよ」
ゾウンが言うと、
「自分で怪我させときながらぬけぬけと! サカレから離れなさい!」
テミアが一層声を荒げた。
その声の響きに、いわゆる「お姫様抱っこ」されてここまで連れて来られる間忘れていた腕の痛みがにわかに甦ってくるのをサカレは感じて、顔をしかめた。
「分かった分かった、離れりゃいいんだろ。おれは離れる」
ゾウンが言葉通りその場から少し下がるようにすると、その代わりにサイがサカレに近寄ってその怪我した腕を取った。
「ううっ……」
サカレは眉をひそめた。
「こらっ! ふとっちょ! サカレに触るな!」
「黙っていてください、あばずれ。すぐ済みますので」
「あ、あ……あばずれですって?」
テミアがショックを受けているようだったが、サカレはその言葉がどういう意味なのか知らなかった。
「すぐに治りますが、もしかして、この怪我に戦士の勲章的な意義を持たせたいですか?」
サイが言う。
サカレは首を横に振った。
「……わたしは戦士ではありません」
「結構。では、取っておく必要はないわけですね。治しますよ」
そう言って、サイは呪文を唱えた。
その呪文が終わると、すぐに痛みが和らいで、やがて完全に消えてしまった。
サカレは驚きの表情で、ふくふくした顔を見た。
「この呪文の効果が続いているときは、回復呪文の効きが悪くなります。お気をつけを」
「ありがとう」
「どういたしまして」
サカレは椅子から立ち上がると、テミアとヴァンとシューハに向かって、負傷した腕をぶんぶんと振り回して見せた。そのあと、
「なんかたくさんいるみたいだけど、お客様か?」
テーブルに近づく新たな少年を見た。




