第42話「明かされる事実」
テミアとヴァンの姉弟が、サカレの前に後姿を見せていた。
その手にはそれぞれ武器が握られていた。姉の手にはごく短い棒が握られ、弟は左手に短剣、右手に剣を握っていた。
「選手交代か?」
面白そうな口調で勇者が言う。
それにテミアが答えた。
「はい。負傷した主に代わって、ここからはわれわれがお相手します、勇者殿」
いつもの軽口とは打って変わった丁重さで言うと、それに、
「……同じく」
弟が和した。
サカレは、腕の鈍痛に耐えながら、二人に下がるように言った。これは彼女が選んだ戦場である。それに、まだ動けなくなったわけでもない。
「手助け無用」
しかし、テミアは、
「嫌です」
と答えた。弟もまた、「同じく」と姉に同調する。
「友達を傷つけられて黙っていられるほど、人間できてないからね」
「おれもです」
こんな時になんだけれど、サカレは胸にこみ上げるものがあった。
「おいおい、こっちが完全に悪役みたいになってるじゃねえか」
勇者が軽口をたたく。実際そうなんじゃないだろうか、と思ったサカレの心を、
「実際そうでしょうが。このクソ勇者」
テミアが代弁した。
――言っちゃうんだ、それ!
サカレの腕が痛んだ。
見ると、隣にシューハの愁顔があった。シューハは、サカレの腕を取りながら、
「踏み込んだのが良かったですね。折れてはいないようです」
言った。
「クソだと?」と勇者。
「そうよ。女の子を傷つけて平然としているヤツは男の風上にも置けないわ」
「なにが女の子だよ。手切棒持ってるヤツが女を語るな」
「うるさい。とにかく、一手ご教授願うわ。クソ勇者様!」
言いざま、テミアは突っ込んだ。ほぼ同時に、まるで息を合わせたかのように、ヴァンも突っ込む。
サカレが止める間は無かった。
テミアとヴァンは、サカレと行動を共にするときはその警護役を務めている。当然腕は立つ。サカレは、これまで武術でテミアとヴァンに勝ったことはなかった。この前会ったときから数カ月、間があったので、今は少しは差が詰められているかと思えば、そんなことは全然無いようだった。テミアにしても、ヴァンにしても、はるかに動きが洗練されている。
――また差がついちゃったか……。
勇者の一太刀をヴァンの短剣が受け止める。ヴァンの短剣は盾代わりとして機能する。そうして、攻撃はもう一方に持つ剣で行うのである。受けざまに振ったヴァンの剣を勇者がかわす。しかし、かわしたその地点に接近する影があって、影から繰り出される一撃は短い棒の突きである。必ず当たるタイミングのようにサカレには見えたが、勇者の姿はその場からかき消えるようになって、一瞬後、テミアの背後にあった。
「遅えよ」
振り払うようにされた勇者の木刀を、テミアは手に持つ棒で受けた。一見何の変哲もないように見える短い棒は、しかし、「手切棒」という名称を持つ立派な武器である。受けながら、テミアは受けた部分を支点にして体を反転させると、後ろ回し蹴りを放った。正確に頭を狙ったその蹴りを、ほんの少し顔をのけぞらせただけでかわす勇者。その手に持つ木刀が動いて、しかし、それはテミアを攻撃するための動作ではない。
カッ、という軽い音が響いて、勇者の木刀は、ヴァンの剣を受け止めた。
「惜しかったな。だが、まあまあいい線いって――」
勇者の言葉が終わる前に、体勢を直したテミアが体を沈めて水面蹴りを放った。宙に飛んでよけた勇者に、テミアがその姿勢から宙に向かって伸び上がるような蹴りを放つ。放った蹴りは胴をとらえる代わりに、木刀に当たった。蹴りを受けた木刀は、ぶんと振られ、ヴァンの頭に向かった。攻撃しようとしていたヴァンが、逆にその一撃を短剣で受ける。
着地した勇者が地を蹴る。その体が今度は瞬時にヴァンの背後に回った。
振り下ろされた一撃をヴァンが横に飛んでかわす。弟への追撃を阻むように、立ち上がったテミアが勇者へと向かう。繰り出される棒の一撃を勇者の木刀が受ける。
「なかなかやるなあ、お前ら」
勇者が言う。
「勇者様に褒めていただいて光栄至極」
「魔王とやっても、五秒くらいはもつんじゃないか?」
「それ褒めてるんだよね?」
「モチロン」
姉が勇者と会話を楽しんでいるところに、弟が迫る。
振られた剣を勇者がかわす。
そうして、彼は距離を取った。
「やめだ。もう十分いい汗かいた」
そう言って、勇者は木刀を捨てた。
満足したということだろう。
一部始終を見ていたサカレは、終わったかと思ってほっと息をついたが、
「ふざけろ。ここでやめられるわけないでしょ」
「……続きを所望します」
テミアとヴァンが聞かん気を起こしたので、内心で悲鳴を上げた。
勇者を倒すことがこの旅の目的などでは全然ない。仇を取ろうとしてくれていることは嬉しいが、これ以上の争いは無意味である。サカレは、シューハに助けを求めた。
シューハはうなずくと、
「二人とももうやめなさい」
と言った。
それでもなお攻撃態勢を崩さない二人に、
「その方は勇者アレス殿ではありませんよ」
驚くべき事実を告げた。