第41話「レベル差を埋める気迫」
サカレの山刀は刀身がまっすぐではなく、「く」の字に曲がっている。
山刀は本来は藪に分け入って薪を取ったり、マキを割ったりするのに使われる道具である。サカレは思う。レイピアとかショートソードとかいくらでも優雅な武器があるというのに、どうしてよりによって山刀などを武器にしなくてはいけないのか。その悲劇は、サカレが出会った達人が山刀の使い手であり、なぜだか彼女に見込まれてしまったことによる。
――不肖の弟子をどうぞお守りください、先生。
サカレが祈りを捧げると、想像の中の師は、
「死なないようにガンバレ!」
と子どものような言葉を贈ってくれた。
サカレは、勇者に向かって構えを取った。
相手は魔王を打ち倒せし者。
間違ってもどうにかできる相手ではない。
しかし、それがために返って逆に、思い切り打ちこめるというものである。その点は良いところだった。凶器を加減して振るのは難しく、サカレはまだそんな小器用なことができるレベルには無い。
サカレはじりじりと間合いを測った。一足で飛び込んで一振りで相手の命に届く距離を慎重に取ろうとする。武器を持って構えられれば、構えた者を倒すべき相手として認識している自分にサカレはハッとした。ハッとはしたが、その気持ちを無理やり抑えつけた。自らの非乙女的な性情については、後でゆっくり悩むことにしよう。
「おいおい、気楽に来いよ。どうがんばっても当たりゃしねえんだから」
木刀を構えた勇者が、嘲るようでもなく、ただの事実を述べるような口調で言う。
――武器を向けられてるのに気楽な気持ちでいられるわけないでしょ!
ムッとするサカレの目に、勇者が一歩大きく近づいてくるのが見えた。
その無造作な所作が、彼我の実力差を示している。
しかし、サカレは慌てない。力に差がある上に、平常心まで無くしたら、とても勝機は望めない。
――木刀をかいくぐらないと。
山刀の方が刀身は短いのである。なんとかして相手に近づかなければならない。
そう思った次の瞬間、勇者がタンっと踏みこんで来て、えっ、と思った時には既に木刀がサカレに向かって振り下ろされていた。
サカレは横にステップした。直後、ぶうんという重たい音を響かせ、まるで空間そのものを断ち斬らんとするような一撃が、一瞬前までサカレがいた場所を縦一文字に落ちた。
その嫌な音を聞きざまに、サカレは山刀を振った。回避と攻撃が一体を為すのが、サカレの戦闘スタイルである。
勇者は体勢を崩している。
――当たる!
そう思った瞬間、サカレの山刀がとらえたのは、肉の柔らかさではなく木の硬さだった。
打ち合わされる山刀と木刀。
「やるやる! やるな、お前」
勇者が心底楽しそうな口調で言う。
サカレは、山刀を相手の木刀から離した。離してから間髪を入れず、もう一度振る。こちらに利がある間合いである。必殺のタイミングで放った一撃を止められてショックを受けている場合ではない。
振るわれた山刀がむなしく空を斬る。
サカレは下にしゃがんだ。
その頭の上を一閃する木刀。
サカレは伸び上がりざまに、山刀を振った。
振った先に勇者の姿が既に無い。
「本当にやるなあ、お前。ちょっと汗かいてきたぜ。職業的な戦士ってわけでもなさそうなところを見ると、才能だな。天賦の才ってやつだ。すげえすげえ」
感じ入ったように言う勇者に、
――そんな才能いらないから!
と心中でツッコミを入れることができるサカレは、それだけ冷静であるというよりは、勇者が本気でやっていないことによる余裕であると思った。サカレは、まさに相手が「本気でやっていない」というところに勝機を見い出そうとした。そうして、サカレは覚悟を据えた。
またもや勇者はサカレの間合いに無遠慮に入ってくる。
「にらみ合ってても何も面白くないからな」
勇者の姿がゆらりとゆらめいて、剣が遠くから弧を描くようにしてサカレの肩口を狙ってきた。
サカレは、これを後ろに跳ぶでもなく、横にかわすでもなく、前に踏み込んで受けた。受けたのは、山刀を持っていない左腕である。腕から伝わる苦痛に、サカレの顔が歪む。歪む程度で済んだのは、勇者の一太刀が本気ではないからだった。サカレの瞳に光が宿る。こここそが勝機なのだ。
サカレは裂帛の気合とともに、武器を持つ右腕を振った。
その振った右腕の手首あたりがぽんと弾かれるのを彼女が感じたのは一瞬後のことだった。
勇者の木刀を持っていない方の手が、サカレの手首を弾いて、武器を振れなくしたのだ。
サカレは左腕をおさえてうずくまりたい気持ちをどうにか抑え込んだ。
勝機が完全に失われた。もう今の手は使えない。
――二つの意味で手が使えなくなったよ……痛っ……。
別の意味でもイタイことを考えているサカレの、左手首が、じーんじーんという鈍い痛みを伝えて来る。
「なかなかいい覚悟だったぜ。それにまだやる気があるってところがいい」
少し離れたところから勇者がまるで褒めるような調子で言った。
そう、サカレはまだやる気だった。勝機が失われたからといってやめられるようなことであれば、初めからやってはいない。
しかし、次の瞬間、サカレの後方から弾かれたように飛ぶ影が二つあった。




