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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
第4章「サカレの山刀」
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第39話「勇者のもとへいざ突撃」

 スタフォロンへは翌日の昼頃、無事到着した。

 この町の様子について、サカレはいろいろと想像するところがあった。

 なにせ、反乱軍の「魔王」が本拠としていた町である。

 さぞやおどろおどろしいところに違いない。

 町に蓋をするように覆いかぶさる暗雲、肌を刺すような冷気、鼻をつく瘴気、どこからともなく聞こえてくる不気味な鳥の鳴き声。うつむいて歩く人々の足下には――

「沼的なものが広がってるのよ!」

 サカレが悲鳴のような声を上げると、テミアは、「はあ?」と口元を歪めた。

「なに、沼『的』なものって?」

「広がってるのよ。毒々しい液体が街中に!」

「どうやって広げたのよ、そんなの?」

「魔王の魔力に決まってるでしょ!」

「あのさあ、『魔王』っていうのは、あくまでただの蔑称だからね」

「クヌプスのことについて何も知らないくせに」

「サカレは知ってるの?」

「知るわけないでしょ!」

「なんでそっちがキレるのよ」

 そんなこんなで、スタフォロンの門をくぐるまではどきどきしていたサカレだったが、門をくぐった途端に自分の乙女的妄想が間違っていたことを知った。

「乙女的っていうか、ガキ的ね」

 テミアのツッコミを無視しながら、サカレはスタフォロンの町をつくづくと眺めた。綺麗な街並みである。まるで反乱の猛火に全くさらされなかったかのように、整然としていた。

「魔王がいたにしては平和な町だね」

 町を歩く人々にも活気がある。

 サカレは開いた馬車の窓から、街路を歩く子どもに向かって手を振った。

「お気楽なこと言っちゃって。これだから、貴族のお嬢ちゃんは」

 からかうように言うテミアの声には悪意の色は無い。

 どういうことかサカレが訊くと、

「よく見てみなよ。若者や大人が少ないでしょ。特に男の人の」

 テミアが言った。

 言われてみれば確かに、子どもと老人は見るが、青年期や壮年期の人の数が少ないように見える。それと、女性の数より男性の数の方が少ないようにも。

「ヴァレンス軍の兵士になったか、反乱軍に加わったか、この街を守ったかして、死んだんだよ」

 サカレは不意をつかれた気持ちだった。

「いつだって死ぬのはこういう普通の人たちで、死を命じて安穏としているのは支配者階級の人たち、この国だと貴族になるわけだけど、死を命じる方は死んだ方のことなんか知りもしないんだよね」

 テミアの言葉は、まっすぐにサカレの胸を貫いた。彼女の言葉には全く嫌味の色が無くて、その事実を告げるだけのような口調が返って、深くサカレの心に響いた。

「ありがとう、テミア」

 サカレの口から出た感謝の言葉にはてらいがない。

 テミアはにやっとしただけで、何も答えなかった。

 宿を決めたあと、シューハが、「しばらくお休みください」と言って、ひとりでどこかへ行った。そうして、そう時間をかけずに戻ってくると、

「勇者様がたですが、この近くの宿にお泊りのようです」

 意外なことを言った。

 サカレが、

「てっきり、スタフォロン城にいるのだとばかり思っていました」

 言うと、シューハは、わたしもです、とうなずいて、

「城から出ることによって、王に対する敵意が無いということをはっきりと示すためではないでしょうか」

 と意見を言った。そうして、

「ついでですが、その宿ではしっかりと宿泊料を支払っていらっしゃるようです」

 と続けた。

「宿泊料ですか?」

「はい」

 シューハが言いたいのは、つまり勇者たちは横暴な人間ではないということだろう。思わずほっとしかけた気持ちを、サカレは慌てて引き締めた。まだスタフォロンに来たというだけで、何事かを成し遂げたわけではない。勇者に会って、手紙を渡して、この街を出て、ルゼリアに帰るまで、油断大敵。

「お会いになりますか?」

「いらっしゃるの?」

「はい」

「では、参ります」

「まずわたしがお会いできるかどうか確かめて来ますので」

「いえ、それには及びません」

 サカレは首を横に振った。

「わたしはグラディ卿の使者です。その使者のさらに使者役を務めていただく必要はありません」

 それは勇者に失礼というものだろう、とサカレは思った。

 シューハはうなずくと、しかしお供には加えていただきます、と静かだが断固とした口調で言った。

「わたしたちもね」

 テミアが言うと、ヴァンがうなずいた。

「ありがとう。じゃあ、いざ出陣!」

 シューハの案内で、サカレ達はスタフォロンの街路を歩いた。

 歩いているうちに、サカレの心からいろいろなよどみが引いて、すっきりと澄んだ心持ちになってきた。事ここに至ればもうじたばたできないのであるから、

「自分ができるだけのことをすればいい、後は野となれ山となれだ」

 という気分になってきたのである。

 それに周りには信頼できる仲間がいる。

 もしかしたら魔王に向かう勇者もこういう気分だったのではないかと思えば、サカレは愉快な気持ちにさえなる自分を感じた。もっとも向こうが勇者なのであるが。

 やがて、四人は一軒の宿の前についた。

 看板には、「勇者亭」とある。

 作り立てのような真新しい看板だった。

「これ、絶対、便乗してるよね」

 テミアが呆れたように言う。

 サカレは、先に入ろうとしているシューハを止めて、まず自分が一番初めに宿の中へと足を踏み入れた。

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