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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
第4章「サカレの山刀」
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第38話「スタフォロン到着前夜」

 旅は順調極まった。

 一度通り雨に打たれたもののおおむね天気は良好、体調を悪くする者も出ず、野盗にからまれたり野犬にかまれたりなどのトラブルに遭うこともなかった。

 サカレは一日一日、心が解放されていくような気分を味わった。広い世界をかっぽかっぽと闊歩(かっぽ)したことは初めてではないにしても、そのときは必ず近くに父母がおり、また大勢の従者がいた。今回のようにお目付役無しで気心知れたものたちだけで自由に旅をするのは初めてである。ルンルンである。

 物見遊山ではないのでそんなにはしゃいでばかりはいられないのだけれど、イマイチこの旅の重要性が分からないサカレである。そもそも重要なのか? ただ手紙を届けに行くだけの言わば使い走りのような役目である。それが重要だとしたら、よほどその手紙に大事なことが書かれていることになるが……。

「開けてみようか?」

 サカレがそんな気になったのは、スタフォロン到着予定日の前夜のことだった。宿場町に入り、宿で夕飯を取り終え、部屋でゆったりしていたときのこと、これまで気になっていたことがふと頭をもたげたのである。

「いや、まずいでしょ。親書を開けちゃうなんて」

 同室のテミアがびっくりした声を上げた。

「やっぱり、まずいかなあ」

「まずいってば。これだから世間知らずの貴族のお嬢様は」

 テミアは、ベッドに腰を落ち着けた格好で、20センチ程の短い棒をくるくると手で回していた。それは「手切れ棒」と呼ばれるれっきとした武器である。テミアとヴァンの姉弟は、単なるサカレの話し相手として彼女に同行しているわけではない。

「どうせ世間知らずですよ。恋人もいないしね」

「まだ引きずってんの?」

「引きずりまくりますよ、それはもう。そんなわたしでもね、みんなのことが大事だなと思って、手紙の中身を改めようとしたのにさー」

「どういうこと?」

「手紙に何が書いてあるのか分かれば、それに対して勇者様たちがどういう反応をするかも想像できて、それだけみんなの危険が減るでしょ」

「開けようか、サカレ」

「え? いいのかな?」

「いいに決まってるでしょ!」

 テミアの心変わりを聞いたサカレは、念のため、もう二人の賛成も得るべく隣の部屋に行った。すると、

「やめておいた方がよろしいでしょう」

 シューハに止められた。

「使者としての役目を適切に果たすことよりも、わたしはみんなのことが大事なんですけれど」

 サカレが言うと、シューハは、グラディ卿への義理立てのために止めたわけではありません、と静かに答えた。

「じゃあ、どういうことですか?」

「手紙は、開いた途端に呪文が起動するようになっている暗殺用アイテムかもしれません」

「……え?」

 シューハは、サカレの目の前で手のひらを閉じると、「バン」と言いざま開いてみせた。それから、自分でしたその爆発のジェスチャーが恥ずかしかったのか、

「一国の大臣がそのような小細工をするとも思われませんが、念には念を入れたほうがよろしいでしょう」

 と口早に付け加えた。

 サカレは、室内のテーブルについているヴァンを見た。ヴァンは、重々しい様子でうなずいた。それから後ろを振り返ってテミアを見ると、「だから、ダメだって言ったじゃん」と再びの心変わりをした移り気な少女が言った。

「あの……ホントにそんなことになったらどうなるんでしょう、わたしたち?」

 サカレは、シューハに訊いた。

「成功しても失敗してもただでは済まないでしょう」

 ぼんやりとした室内の明かりの中で、シューハの顔が陰る。

 ここに至ってようやくサカレの気持ちから、ピクニック気分がなくなった。そうして唐突に、自分たちがもしかすると生死の縁に立っているのではないだろうかという気持ちになってきた。

「危険な旅なのじゃ」

 どこからともなく父の声が聞こえてくるような気がした。その声は、若干、不気味な調子にアレンジされている。

――スタフォロンに着いたら一人で勇者様にお会いしよう。

 サカレはすぐに心を決めた。

 すると、横から伸びて来た手にほっぺたをつねられた。

「痛いよ、なにすんの、テミア」

 いつの間にか後ろから隣に来ていた少女にサカレが言う。

「今なんかつまんないこと考えてたでしょ、サカレ」

「なんのこと?」

「ごまかしても無駄だよ。サカレはつまんないこと考えると、男前な顔になるからすぐに分かる」

「なにそのクセ! てか、放してってば、手」

「わたしたちは一蓮托生だからね、サカレ。死ぬなら一緒に死のうね」

 そう言って、テミアはニコリとした。その気安さは子どもの無邪気さでなければ、大人の覚悟であるということになって、サカレは、テミアの言葉に後者のニュアンスをより濃く感じた。視線を巡らすと、シューハの微笑があり、姉の言葉にうなずくヴァンの生真面目な顔がある。サカレは、人に恵まれるということがどういうことなのかを知った。

「サカレは幸せ者です。みんな、愛してるよ!」

 感極まったようにサカレが言うと、

「わたしは愛するところまでは行かないかなー」

「わたしには妻がおりますので」

「…………」

 帰ってきた反応はちょっとクールである。

 みんな恥ずかしがり屋なんだということに、サカレはしておいた。

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