第36話「ピクニック気分の使命」
忠誠心を試すとはどういうことだろうか。
父はグラディ卿と懇意にしており、卿の与党である。随分グラディ卿に尽くしてきたはずだ。
なのに今さら忠誠を疑われるとは、割に合わない話である。
「グラディ卿はそういう方だ」
父はいまいましそうに言った。
危険な任務に家族を差し出してくれるかどうかということを以って忠誠度を測るというのは、なんとも薄汚い話である。グラディ卿とはそういう人かと、サカレは興醒めする思いだった。そうして、
――そんな人といつまでも手をつないでいていいのかな。
というところまですぐに思い至ることができるサカレは、けして阿呆ではない。しかし、まさかそんなことまで父に直言できる勇気はないし、そのくらいのこと父なら分からないはずがないという信頼もある。
その父が今はまだグラディ卿に従っていた方がいいと思って引き受けたことなのであるから、サカレに否応は無かった。
「しかし、わたしでよろしいのですか?」
否応は無いが、そもそも自分がこの任務に適格であるかどうかというところに一抹の心配があるサカレである。兄弟姉妹は他にもいる。彼らの方がうまくやれるのであれば、サカレの出る幕はない。
「……卿は特にお前をということなのだ」
「はあ、しかし、どうしてわたしを」
「それがわたしの心持ちをはかる最も良い手段だと、そう卿は思っているのだ」
よく分からないサカレである。
父から最も厄介者扱いされている娘である自分を指名しても、父にしてみれば、「はい、どうぞ。むしろ喜んで」というような具合だろう。
――あ、泣きそうだ……。
自分の考えに、サカレは自分で悲しくなった。悲しい気持ちになりながらも、そんなことが分からないようではグラディ卿も大した人物じゃないなあ、とも思った。いよいよ卿と組んでいるのは危ないかもしれない。
「行ってくれるか?」
「はい」
サカレはうなずいた。
さっきから行くと言っているのに、しつこい父である。
「そうか……」
父は決心したような顔で、机の上に置かれてある信書を指差した。
「これがグラディ卿の親書だ。今日にでも発ってもらいたい。繰り返すぞ。お前の任務は、親書を勇者アレスに渡しすこと、及び、スタフォロンの様子を探ってくることだ」
「了解です。懸命に努めます」
「無茶はするな。それと、気をつけるようにな」
「はい!」
父に心配の言葉をかけてもらって嬉しい気持ちになったサカレは、それだけで引き受けた甲斐があるものだと思った。
「シューハを連れていけ。それと、テミアとヴァンの姉弟もな」
「テミアとヴァンが来ているのですか?」
サカレは明るい声を出した。二人は父の下臣の子どもであり、気心知れた仲だった。旅の道連れとしてこれ以上素晴らしい人選は無い。
サカレはグラディ卿の親書をかしこまって押し戴くようにすると、父に一礼して部屋を出た。すると、すぐのところで控えていた老家宰に、旅の準備は万端整えられていると告げられた。
「ありがとう、行ってきます」
「お気をつけて」
家宰の言った通り、屋敷の車寄せには既に馬車が用意されていた。馬車だけではない。旅の仲間もである。
「テミア、ヴァン」
馬車の前でかしこまった様子でいる少女と少年に、サカレは声をかけた。二人ともサカレよりは年上のようである。しかし、二十歳には満たない。
「お供させていただきます」
少女の方が言う。
「…………」
一方、少年の方は無言で頭を下げた。
「二人とも元気だった?」
サカレの柔らかな声に、
「おかげさまで。サカレ様におかれましてはご健勝のご様子。お喜び申し上げます」
「…………はい」
返された二人の声は固い。
サカレは二人のすぐ近くまでつかつかと寄って行くと、両手を使って二人のほっぺたを片方ずつつねった。
「普通にしゃべらないとこのままほっぺたをびろーんとさせてチャームポイントにしてやるから」
すると、少女の方がガバっとサカレを抱きしめた。「久しぶり、サカレ!」
「……テミア、ちょい苦しい」
「我慢しな」
「うん」
二人は抱き合ったまま顔を見合わせて笑った。
サカレは、テミアから体を離すと、ヴァンに向かって両手を広げるようにした。
「…………」
ヴァンが当然になすべきことをしようとしないので、サカレは、むう、と小さくうなると、自分から少年を軽くハグした。ヴァンはぎこちなくそれに応えた。そのあと、サカレは、少し離れたところにいた三十がらみの男に、
「シューハ。三人の子どもの子守をよろしくお願いします」
そう声をかけて笑いかけた。
男は静かに微笑すると、「お乗りください」と答えて、三人に馬車に乗るように促した。
出発である。
サカレはうきうきする気分を抑えられなかった。屋敷から外に出られる機会は滅多に無い。しかも、ついこの間までは内乱状態であって、一歩も外に出られなかった日々が続いていたので、なおさらだった。
馬車は街路を抜けて、やがて門をくぐり、街の外へと出た。
父は散々、「危険、危険」と言っていたわけだが、客車の窓から覗く景色は爽やかである。
凶悪なことは起きそうになかった。




