第32話「立ち入らない親子の間」
コウコの手並みは以下のようなものだった。
黒ずくめがわらわらと現れた時、それと時を同じくして逃げようとしていたマナエルの父母をひそかに追いかけ、彼らを昏倒させてから、家の陰にひそみ、タイミングを読んで姿を表し、黒ずくめを二人撃殺して他を撤退させる機を作った。なんというテキパキぶりだろうか!
「できすぎる女の子っていうのはアレだよ。あんまり可愛くないよ」
アレスが活躍する機会を取られたその八つ当たり気味に言った言葉は誰にも聞かれていなかった。
それはそれ。
とりあえずコウコの行動は、明らかにマナエルとラミを守るためのそれであり、ということは彼女はアレス達の敵ではないということになる。もしも敵であれば、今この機に乗じて黒ずくめに力を貸せば良かったのであり、その場合アレス達は非常に不利になっただろう。もしもそんなことになったら、アレスは彼女をのこのこ連れてきたことの責任を厳しく取らなければならないところだった。そうならなくて良かったとホッとするアレスにはコウコに対するそこはかとない好感があると言っていいわけだが、アレス自身はそれを断固として認めない。
ラミが駈け出した。
それをマナエルが追った。
アレス、ズーマ、コウコもそれに続く。
姉妹が走って行った先には、気絶した男女の姿がある。
「お父さん、お母さん!」
ラミが心配そうに声をかけながら二人の体を揺らすと、父母はしばらくして目を覚ました。
「良かった……」
泣きそうな顔でそんなことを言うラミは、父母が黒ずくめと組んでいるという事実が分かっていないというよりは、それよりも心配の気持ちを優先させたということだろうとアレスは思った。ラミがバカではないことは分かっている。聡明で、かつルックス的にも性格的にも可愛い。こんなところにまさか理想の女の子が、と思ったアレスの目が生温かい感じだったのか、
「手出したら、殺すからね」
それを見とがめたようにしてマナエルが釘を差した。
アレスは、ハイと答えた。それから、
「親子の間には立ち入らないけどさあ、どういう事情だったんだ? 誰から何を頼まれた?」
と体を起こした二人の男女に訊いた。
二人はしばらくうつむいて口を開こうとしなかったが、
「腕の一本でもなくなれば話す気になるのか?」
ズーマの絶妙な脅しが入ると、男の方が慌てて顔を上げて話し出した。
――しょっぱいなあ……。
それが話を聞いたアレスの感想だった。
二人は、自分たちが捨てた娘が反乱収拾チームのメンバーであることを聞きつけて、故郷の街に帰って来た。帰って来たところで、王家の大臣であるグラディ卿の部下と名乗る黒ずくめに会う。話を聞くと、マナエルは王家に反抗しようとする意志があり反逆者であるということ、そして、それを捕えるのに協力すれば身の安全を保障するということだった。
「それでつい魔が差してしまったんだ。許してくれ、マナエル」
男は哀れっぽい調子で言った。
何をどう許せばいいのか、もはやアレスには理解不能だった。
――で、それがうまく行かなかったから、力づくで来たわけか。
マナエルは微笑して、男の話を聞いていた。
「あまりに想像通りで笑える」
それは心底から面白いと思っているような口調である。
「それで? わたしをどうやって殺すつもりだったの? 晩御飯に毒でも入れるつもりだった?」
父はのどをつまらせるような音を出して、黙り込んだ。
どうやら図星のようである。
「捕まえるより殺す方が簡単だもんね」
マナエルにショックの色はない。
しかし、妹の方はそうはいかないようである。
「ウソだ……お姉ちゃんを殺そうなんて……」
よろよろとラミはあとじさった。
マナエルがラミの後ろにつく。
「ウソでしょ! どうして、お姉ちゃんを! 嘘だって言ってよ、お父さん、お母さん! 全部お芝居だったの!? みんなで暮らしたいって言ってたことも! お姉ちゃんとあたしに謝りたいって言ってたことも!」
その悲痛な声に、アレスは耳をふさぎたくなる気持ちだった。
親が娘を殺そうとする。
魔王と戦うよりも厳しい現実がここにもあった。
「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」
泣きながら現実を否定しようとする小さな妹を、マナエルは後ろからそっと抱きしめた。
ラミは振り向くと、姉に力いっぱいしがみついた。
「マナ――」
声をかけたのはアレスである。
少しラミを落ち着かせてやりたい気持ちはやまやまだったが、ここにとどまっていても良いことはない。
マナエルはうなずきを返した。そうして、妹と視線の高さを合わせるため膝をつくと、
「ラミ、すぐにここを出ないといけないの。そのままでいいから出るよ」
言った。
ラミは涙に濡れた目で、振り返り、父と母の顔を見た。
それから、姉の方を再び振りかえり、うん、とうなずいた。
マナエルは、頭を垂れている二人に向かって、「さよなら、永遠にね」と告げたのち、きびすを返して馬車へと向かった。
アレスたちもその後に続く。
入って来てから大した時間も絶たないうちに、一行はキエリを再び出発した。
馬車が遠ざかってその音が聞こえなくなるまで、男女の首は上がることがなかった。