第31話「プロの仕事」
アレスが斬りかかった影は、すっと後ろに跳躍して遠ざかった。
ジャンプしざまに何やら投げてきたものを、剣で叩き落とすアレス。
アレスは、白昼に唐突に現れた黒装束の影の数を確認した。全部で六つ、いや七つ。揃いの黒一色に身を包み、顔も覆面して目のところ以外は全て隠している。
アレスの言葉に応じて、ズーマはすっと姉妹の前に立っていた。
そこへ飛来する武器がある。
「『盾』」
ズーマが広げた手から薄い膜のようなものが現れて、黒装束が投げた武器を弾き落とした。
カンカンと地に転がったそれらは棒状の手裏剣である。
「……ズーマ」
銀髪の青年の陰から、マナエルが声を上げた。
ズーマは振り返らずに、
「プライドを傷つけてしまったか、マナエル。『殺戮の魔導士』にサポートは必要ないか?」
面白そうな声を出した。
マナエルは首を横に振ると、妹をしっかりと抱きしめたまま言った。
「いいえ。助かります。できれば、このままお願い」
「女子はそういう風に素直な方が魅力的だな」
「どうにも甘え下手なので」
「性格の他に君の近くの男が頼りないからというのも原因の一つだな。アレス!」
ズーマは、黒覆面の一人と対峙している少年に声を投げた。
「マナエル嬢はお前の頼りになる一面をご所望だ。見せてみろ」
戦場で随分と余裕のある態度である青年に向かって、投げられた第二の武器があって、それは手のひらサイズの球状のものであった。
静かな住宅街に、突如爆音が響いた。
ズーマに向かったものは火薬の詰まった爆発物だった。
もうもうと上がる土煙に相棒や彼に守られた少女二人のことを気にかけもせず、アレスは黒装束の一人に向かって走った。
しかし、曲者はアレスと剣を交えようとはせず、さっと後退した。そうして、後退しつつ再び、牽制の棒手裏剣。
アレスはそれをかわしざま、別方向から向かってきた棒手裏剣を剣で防いだ。さらに飛んでくる棒手裏剣を横に跳んでかわす。
棒手裏剣にはおそらく猛毒が塗ってあり、傷を負えば即死に至るであろうことは容易に想像できた。
アレス君の頼りになるとこ見てみたい、と言われたアレスだったが、それはなかなか難しそうだった。相手にはまともに刃を交える気が無い。遠巻きにして投擲用の武器でターゲットを始末するつもりである。数的有利にありながら数を恃んで力押ししてこないのは、プロの業だった。
――暗殺のプロかよ。気に入らねえ!
アレスの頭は怒りを爆発させて力にしようとするような単純な構造ではない。
アレスは、クールに状況を確認した。
自分の前に敵が一人、後ろに一人、爆発物を投げられたズーマたちに向かって五人。ズーマたちが無事であることは確認するまでも無いアレスである。
――どうやらマナエルが本命らしいな。
振り分けられた数からいって、自分がいきがけの駄賃に過ぎないことを知ったアレスは、しかし、もちろん喜んだりしなかった。とはいえ、寂しいわけでもないが。
派手にドンパチやっているにしては、家々から様子を見に出てくる者がいない。黒装束たちの事前工作であろう、とアレスは思った。
――ん? あれ……?
そのとき、何かがおかしいなあと感じたアレスが、その感じの正体を掴んだのと、黒装束の一つが断末魔の声を上げたのが同時であった。
ズーマたちに向かっていた一人の黒装束の胸にいきなり角が生えて来たかのような異様な光景は、その背後から突き刺された刀によるものだった。
ずりっと引きぬかれた刀、その持ち主は瞬時に街路をかけると、別の黒装束に斬りかかった。仲間に起こった異常なできごと。それに一瞬心を奪われたことによる隙をつかれる格好で、二つ目の黒装束は袈裟切りに斬られた。
二つの黒装束を斬った影は、ぶんっと刀を振った。
刀についた鮮血が街路に散る。
コウコは今しがた二人を斬った刀を三人目の黒装束へと向けた。
アレスの違和感とは、コウコの姿が見えないことであった。
どこに隠れていたのかは分からないが、完全にいい役を取られたことは理解できたアレスは、「ちくしょー、カッコいいじゃねえか」と己のカッコ悪さと比べてほぞを噛みつつ、自身も黒装束に向かおうとしたが、残りの五人はサッと撤退を開始した。
二人の仲間を殺されてあっさりと退く手並みは見事であり、その見事さに目を奪われたときには既に五人の影は薄くなりつつあった。
「一応礼を言ってやろう、コウコ。ありがとうした」
アレスは赤い髪の少女に向かってぶっきらぼうな声をかけた。
「降りかかりそうだった火の粉を払っただけだよ」
コウコが答える。
かっこいいこと言うなあと感心したアレスは、マナエルとラミの無事を確認しに行った。
ラミは震えているようである。その小さな背中をマナエルがさすっていた。
「マナ」
アレスの後ろから、コウコが声をかけた。
「なに、コウコ?」
「あの二人はどうする?」
コウコが指差した先にマナエルの父母が倒れているのをアレスは見た。
「一応、気絶させておいたんだけど、余計なことだった?」
コウコが無表情に言う。
これもまたプロの仕事だとアレスは感じ入った。