第27話「トラブルの星のもと」
マナエルの後を追いながらアレスは、なんでまた彼女の後を追っているのだろうかと考えてみた。
「追うしかないだろ」
と仲間には言い切ったわけだが、どうして「しかない」のかが分からない。
「まあ、いいや」
後でゆっくりと考えることにしたアレス。宿の玄関口に向かうと、マナエルが宿の店主と話し合っているのが見えた。
「よし、捕まえたぜ」
何が「よし」なのかも分からないことになるわけだが、とにかく「よし」という気分だったことは確かである。
「おい、このクソ女!」
アレスは強い声で言った。しかし、ズーマを盾にするようにしてその陰から言ったので、いさぎ悪いことこの上なかった。
マナエルはアレスを一瞥すると、宿屋のオヤジに向かって、
「お金はあいつが払うから」
そう言ってから、立てた親指をビッとアレスへと向けた。
店主は、いえいえいえ、と両手を慌てて振った。
「勇者様がたからお代なんていただけません」
「そう言われると遠慮なく借りられなくなる。気兼ねなく使いたいの。そんなあたしのために代金はちゃんと受け取ってもらわないと」
マナエルはちょいちょいっと人差し指でアレスに来るようにジェスチャーした。
近づいて来たアレスに、マナエルは「払って」と一言。
アレスは恐縮した風の店主に、腰に下げていた巾着袋を渡した。
「足りるか?」
中を改めた店主は、
「……はい」
とため息をもらすような返事をした。
――足りないんかい!
かっこ悪い姿をさらすことになっていたたまれない思いになったアレスだったが、よくよく考えてみれば、何でマナエルがなにやら買ったものの代金を自分が払わなければいけないのか、ということに思い至り、反射的に支払ってしまった自分の貢ぎ根性に嫌気が差した。
「ていうか何だよ、『貢ぎ根性』って!」
自分で自分にツッコミを入れたアレスだったが、誰も聞いていなかった。
「これを」
そばから差し出されたほっそりとした手。
その手が持つ小袋の中から黄金のきらめきがざくざくと見えて、店主の目を白黒させた。
「足りる?」
「はい、お嬢様」
アレスは咳払いしてから、
「オレもついてくからな、マナエル。議論は無しだ」
言った。
マナエルはアレスから、近くの二人に目を向けた。
「……そっちも?」
「ああ」
マナエルは、店主に向かって「馬じゃなくて馬車に替えてください」と言った。それから、
「あんたには御をやってもらう。いいね」
有無を言わせぬ口調でアレスに言う。
アレスはうなずいた。
それから彼女は、代金を出してくれた少女に向かった。
「あんたはあたしたちの敵になったの? コウコ」
「なったけど、もう今は違う」
「じゃあいい。あたし的には、こういうはっきりしない男はすすめないけどね。せいぜいがんばりな」
アレスが何の話だよ、とツッコもうとしたが、ツッコまない方がいい話かもしれないぞ、うん、と思ってほっといた。
やがて四人は馬車に乗ってスタフォロン城下を出て、街道上にあった。
アレスは御者台に座っている。
馬を走らせる方向にマナエルの郷里がある。馬車で三四日ほどの距離。
「中にいればいいのに、なんで外に出てくるんだよ」
アレスは、隣に座っているマナエルに言った。
「ちょっと風に当たりたいだけ。すぐ中に入るよ」
そういう彼女の横顔は、蒼ざめている。それが妹への心配だけならまだ良い――良いことはないが――おそらくは体調も優れないのだろう。
「協力してくれると考えていいんだね?」
マナエルが念を押すように言った。
アレスはうなずいた。何のためについてきたか分からないにせよ、協力することにはやぶさかではない。というか、おそらくはそのために来たのだろう。
「ありがとう」
それだけ言うと、マナエルは客車の中に入った。礼を言うために、御者台に来たのかと思えば、ちょっとは可愛いところもあるんだなあ、と考えてしまってアレスは身震いした。
それにしても魔王を倒したというのに一週間かそこら休んだだけで、またこういうトラブルに巻き込まれてしまうのはいかがなものかと思うアレスだったが、もとはと言えば魔王倒しなどに参加することになった己が悪いと言えないこともなく、気持ちを改める必要性を感じた。いつまでもいじけていても仕方ない。
「別にいじけてないけどな!」
アレスは誰にともなくつぶやく。若干大きい声で。
それにしてもこれはなかなかヘビーな状況である。バーサス魔王軍のときは、この国の半分は味方だった。それでも半分は敵に回っていたことを考えると、例の反乱がどのくらい大きなものかということが分かるが。しかし、今はこの国のほぼ全てが敵と言っても過言ではない。実質的な最高権力者に狙われているのであるから。それから逃れるために国外に出れば良いと思っていたアレスだったが、仲間の言によると事はそう単純な話ではないらしい。そうして、家族を人質に取られるという可能性まであるという。
アレスは首をぐるりと回した。
だらだら暮らせる日がいつかはやってくるのだろうか。