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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
第3章「マナエルの杖」
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第26話「パーティ分離」

 吹きつけるような殺気がアレスを襲った。

 とはいえそれは彼を狙ったものではない。

 アレスは単に余波を浴びただけである。

 それでいて、まるで氷水を頭から浴びせられたかのように全身がゾッとしたのだから、尋常な殺気ではない。

 アレスはごくりと唾を飲み込んだ。

 殺気の発生源はマナエルだった。

「……ど、どうしたんだよ、マナ?」

 おっかなびっくり話しかけるアレスを無視する格好で、マナエルはサイに向かった。

 その目には刃の鋭さがある。

「家族が人質にってどういうこと? 詳しく説明しなさい」

 サイは視線のナイフにひるんだかのように顔をのけぞらせた。

「我々の動きを封じるために我々の家族を人質に取るのではないかと、そう考えただけです。あくまで想像ですよ」

「……想像?」

「そ、そうです」

「想像で十分」

 マナエルは、呆気に取られるメンバーたちの前で、まるでぶつからんばかりの勢いで一方の壁に向かうと、作りつけられたクローゼットの中を(あさ)り、マントを手に取ってそれを羽織った。それから、隅に立てかけられてあった一本の杖を手にすると、そのまま部屋の出入り口へと突進した。

 アレスは、すばやくマナエルと出入り口の間に立った。

 これまでの話の流れから旅装になった彼女が何をする気なのか想像できるアレスであり、おそらく彼女を止めても無駄であろうと思ったが、

「落ちつけよ、マナ」

 せめて彼女の顔から鬼面を外させてやるのがリーダーの務めである。そう考えたわけだけれど、

「殺されたいの? 消えて」

 氷雪のように冷たい声を聞いて、それは難しそうであることに気がついた。

 しかし、難しいことにあえて挑戦するのが勇者というものである。

 アレスはなお、

「ラミのところに行くつもりか」

 果敢に話しかけたが、もう言葉は返らず、その代わりに杖の先が向けられた。

 彼女の持つその杖は、歩くための支えではない。

 呪文を強力にする魔法の道具である。言わば、剣士の剣に当たる凶器。

 そんなものを向けられて、アレスはさすがにカッとした。

「何すんだよ!」

「消えてって言ったでしょう」

「それどかせよ。オレを撃つつもりか?」

「必要なら誰でも撃つ」

 カッとしたアレスの頭はすぐに冷えた。マナエルの目には本気の色がある。

 アレスは室内にいる他の二人にサポートを求めたが、二人とも巻き添えを恐れるように距離を取るばかり。アレスはそこでもう一歩踏み込んだ。

「そんなカッカした頭で行動するのは危険だ」

 この一歩の勇気が、勇者とその他大勢の違いなのだとアレスは自画自賛したわけだが、なにごとかひそやかな声とともに杖の先が不気味に光り出したのを目にしたときは、勇者なんていう称号は命に替えられるものではないということを認めざるを得なかった。

 アレスは脇にどいた。

「またね、アレス」

 マナエルが部屋を出る。すぐに部屋の外から、タッタッタと廊下をダッシュする靴音が聞こえてきた。

 アレスは、もちもち(づら)に向かって八つ当たり気味の声を出した。

「不用意だぞ、サイ。マナのいる前であんな話をするなんて」

 サイは暴風のような少女がいなくなってホッと息をついてから、

「黙っていても仕方ないでしょう。それにすぐに気がつくことですから」

 答えた。

「妹のためなら何でもやるぞ、あいつは」

溺愛(できあい)していますからね」

「オレも誰かに溺愛してもらいたいもんだなあ」

「がんばってください」

「それで、これからどうする?」

 アレスは、サイとゾウンの顔を見た。

「わたしはここにいます」

「おれも。サイの話を聞いたら、その方が良さそうだ。お前は、アレス?」

「マナを追うしかないだろ」

 アレスは吐き捨てるように言った。

「気をつけてください」

「気ぃつけろよ」

「念のため聞くけど、何にだよ?」

 何に気をつけろと言っているのかアレスが尋ねると、二人は肩をすくめただけで答えなかった。

 アレスは、はあ、とため息をつくと、

「マナの具合はどうなんだ、サイ?」

 と聞いて、完治にはほど遠い、という答えを得た。

「死にそこなったんですからね。十日やそこらでは何とも」

「……じゃあ、よっぽどついてってやった方がいいわけだ」

「そうなりますね。ご武運を」

「クヌプスのときに使いきってなけりゃいいけどな」

 アレスは、一応二人の無事を祈ってやってから、室外に出た。

 廊下に出ると、柔らかな日差しの中に立つ二人の男女の姿が見えて、彼らの後ろで木々の緑が鮮やかだった。

「出るぞ」

 アレスが短く言うと、

「もうか? 来たばかりだが」

 二十歳くらいの青年が言った。ズーマである。不満そうな口ぶりであったが、その目は笑っていた。新たな厄介事が起こったことを喜んでいることが分かるその様子に、アレスはうんざりした。そのあと、

「おまえも来いよ」

 自分と年が変わらない少女に声をかける。

「どこに?」

 少女が訊き返した。

「キエリだ」

「……国外に出るんじゃないの?」

「事情が変わった。もし異論があるなら、オレにじゃなくてマナに言ってくれ」

 そう言ってさっさと歩き出したアレスに、少女は憮然(ぶぜん)とした顔を作った。

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