第25話「次なる一手」
めぐらした視線の先に、なにやら幸福そうなふくふくとした顔がある。
アレスはその顔に一縷の望みを託した。
「サイ、この二人を止めてくれ」
ゾウンとマナエルの横に立っている青年にアレスは言った。体の横幅がいい感じにゆったりとしている彼は、回復・補助魔法の専門家である。その魔法のサポートによって、どんな危地でも安心して戦うことができた。今アレスたちが生きているのは、彼のおかげだと言っても過言ではない。
「二人とも落ち着いてください」
サイがなだめるように言う。
アレスはホッと胸をなで下ろした。パーティの中に、王都に攻め込むなんていう馬鹿げた考えを支持しない常識人が一人はいたわけである。
「みんな、サイの話を聞け」
アレスが言うと、サイは、コホンと咳払いをしてから、
「まさにそれこそが王女の狙いなのかもしれませんよ。ゾウン、マナエル」
言った。
その唐突な一言に、ん、とゾウンとマナエルだけでなくアレスも首を傾げる。
視線を集めたサイは、
「刺客を送って我々を挑発する。それに反抗したわれわれを心おきなく潰す、という作戦です」
続けた。
その言葉に、ゾウンとマナエルは考え込んだ。
おいおい、とアレスは思った。完全に王女が悪役になっている。
「可能性の問題ですよ、アレス」
「いや、無いからね、そんな可能性」
「断言はできないでしょう」
「本当にオレ達を殺したいんだとしたら、王宮に召還してから捕えて殺せばいいだろ」
「アレス、それを本気で言っているんだとしたら、あなたはアホだと言わざるを得ませんね」
「いや、さっきから散々言ってるからね」
「そうでしたか?」
「それで?」
「国を救った人間を王宮に呼び寄せてだまし討ちするなんて、そんな外聞が悪いことをするはずがないでしょう。そもそもルゼリア宮中では不浄なことはできませんし」
アレスは絶句した。
言われてみればその通りである。
「外聞を悪くせず我々を排除するなら、我々の反乱を誘って、それを討伐するのが一番です。『魔王を倒したことによって増長した勇者パーティを成敗する』というそういう図式がね」
「ちょっと待てよ。アンシがオレ達を殺すっていう前提で話をしているけどさ――」
「仮にそうでなかったとしても、今政柄はグラディ卿の手にあり、王女はそれについたお飾りです。グラディの意志が王女の意思なんですよ。卿が我々を殺そうとしているのならば、それは王女が殺そうとしている言っても差し支えないのです。はっきり言って、政治的には彼女は無能です」
サイの言葉はもっともと言えばもっともであった。そういうことを判断するくらいの冷静さは持っていたアレスだったが、胸のどこかがムカムカするのを抑えられなかった。
「そういう言い方はあんまりだろ」
抑えずに言ったアレスに、
「何を言おうとわたしの勝手ですよ、アレス。それに、われわれは命を狙われているということをお忘れなく。そういう立場に立たせている人間の肩を持つ気だとしたら、あなたのことをゲキアホと言わざるを得ません」
サイは平然と返した。
「それもさっき言っただろ」
アレスはぶつぶつ言いながらも、サイが自分より頭が回るということを認めざるを得なかった。なので、国外退去をするのでなければ、どうすればいいのか彼に訊いた。もちろん王宮に攻め込むという選択肢以外でである。
「焦って国外退去などすれば、それも向こうの思うつぼです。王女の召還命令に背いて、国を脱したお尋ね者になりますよ。グラディは我々に適当な罪を着せて、周辺諸国に対して我々を捕まえるように依頼するでしょう」
「おれ、ちょっと行ってグラディ殺してくるわ」
ゾウンが、買い物に出かけてくるとでもいうような軽い調子で言った。
「それがもっとも簡単な解決法ですね。今、グラディより低位にいる大臣の助力を受けてやれば、案外簡単にいけるかもしれませんし」
「権力争いを利用するのか」とゾウン。
「外からの脅威がなくなれば、今度は内側で争うようになるものです。第二位の大臣であるエグザム卿と連絡を取ってみましょうかね」
何だか乗り気になっている二人の間にアレスは口を差し挟んだ。
「暗殺なんて真似考えるなよ……もしどうしても必要ならオレがやる」
非常な決意を持って言った言葉だったが、
「お前はダメだ。そういう細かいことはできないだろ」
「アホみたいに暴れることしかできませんからね」
軽くいなされた。
アレスは気分を改めた。
「暗殺以外の選択肢は? サイ」
「それはまだ何とも。しかし、今は動かないことが肝要です。下手に動けば、足をすくわれます」
「アンシの召還命令はどうする?」
「放っておきなさい。『君命も受けざる所あり』という言葉があります。適当な理由をでっちあげればいいでしょう。それよりも、気になることが一つあります」
「なんだよ?」
「家族のことです」
「家族?」
「我々の家族は人質に取られるでしょう」
サイが静かに言う。
次の瞬間、アレスはぞっとした。
巨大で濃厚な殺気をごく近くから感じたのである。