第24話「勇者の愉快な仲間たち」
アレスは、はあーっと、聞こえよがしなため息をついた。
それから、目前にある三つの顔のうち一つに向かった。
「正気じゃないのはそっちだろうが。アンシをつぶすってどういうことだよ?」
「言葉通りだよ。今から王宮に乗り込んで、あの女を吊るし上げる。刺客だと? 魔王より強いわけでもねーだろ。向かってくるなら全部ぶっつぶしてやればいい」
そう言って精悍な顔立ちを不敵な色に染めた戦士ゾウンは、勇者パーティの斬り込み隊長的存在だった。戦闘時は常に先頭に立って向かい来る敵を斬りパーティの盾となる。一番危険なポジションであり、そこに立つには、「勇者」パーティの中でも最も勇気を必要とする。その勇気に何度、アレスは奮い立ったか知れない。
「アンシは多分この件には関わってない。そんなことしたってどうにもならないだろ」
アレスが言う。
ゾウンは天井に向かって伸ばした腕を下ろし、馬鹿にしたような顔を作ると、
「お前は王女に気があるからそうも思いたいんだろうけどな。仮にこの件に関わってないとしてもだ、上に立つ者としての責任があるだろう。その責任を取らせるのさ」
答えた。
王女ラブ云々という艶のある話は無視する形で、アレスが、
「もしもそれで問題が解決するならオレだって考えるけど」
譲歩するように言う。そのあと、
「でもそんなことしてもなんにもなんないだろ」
すぐに付け加える。
ゾウンは凄味のある目をして言った。
「なるだろ。王女を殺して、オレたちがこの国を奪えばいい。そうしたら、誰もオレたちに手出しできない。簡単な理屈だ」
「理屈でもなんでもねえよ、そんなの」
ゾウンの手が自分ののど元に迫るのをアレスは見た。
アレスは、ゾウンに胸元を引き絞られた。
「おい。お前の話が本当ならな、オレたちは今命を狙われてるんだぞ。ぬるいこと言ってんじゃねえよ。やるかやられるか、でこれまでやってきたんだろうが。あっちが殺し合いをしたいって言うなら、受けて立てばいい」
「手を放せよ」
「手が何だって?」
ゾウンはぐいっとアレスの体を数センチ上に持ちあげた。上背が無く、アレスとそう変わらない体格であるにも関わらず、ゾウンは怪力無双の士である。ゾウンは、
「ちっと悪い。どいてくれ」
近くにいた仲間に断ると、アレスを宙に浮かせたまま、体を回転させ、むんっとアレスを投げた。アレスは数メートル宙を飛んで、床に着地した。壁際から広く開いた部屋の中央に投げられたから良かったものの、でなければどこかにぶっつかっていたところだっただろう。
小動物ででもあるかのように気楽に投げられたアレスは、
「気が済んだか?」
平静な声で言った。仲間に投げられてさすがにいい気分ではいられないアレスは、静かな声を出すことによって努めて気分を落ち着かせようとした。
しかし、失敗した。
「何すんだよ! ゾウン! やんのか、このヤロウ!」
アレスは声を上げて、構えを取った。
それを聞いたゾウンは、拳をぽきぽき鳴らせて、
「おもしれえ。くそくだらねえ話を聞いてむしゃくしゃしてんだ、殴らせろ、勇者様よお」
言った。
「やれるもんならやってみろよ、この脳まで筋肉ヤロウ!」
「んだと!」
にらみ合う二人。
その間にすかさず割って入る影が一つ。
アレスより少し年上の少女である。
「やるなら外でやってよ、うっとうしいから」
背も少しアレスより上で、すらりとした細身である。茶色の髪を三つ編みにして肩から垂らしている様子や、たよりなげな立ち方などが、彼女に大人しく純朴そうな雰囲気を与えていた。その雰囲気は少女の内面と真逆であることをアレスは知っている。少女の名はマナエル。攻撃魔法のスペシャリストである。その強力な魔法で後方からゾウンやアレスの援護を行い、あるいは自ら前方に出てザコを一掃する役目だった。
「あたしもゾウンに賛成だな。やられる前にやれってね、ハハッ」
彼女の目は全く笑っていない。
アレスはゾッとした。この二人がその気になったら、ルゼリアを血と火の海にすることが十二分に可能である。そうして、アレスはこれまで自分が勘違いをしていたことを悟った。刺客が送られているということをコウコから聞いて仲間の心配をしたわけだけれど、心配すべきはそっちではなく、勇者パーティを害せんとするような無茶を決定したグラディ卿とそれに与する者たちだったのだ。
「マナ。怪我はいいのか?」
アレスはさりげなく話題を変えようとしたが、
「話変えてんじゃねえよ。それから、気安く愛称で呼ぶな、このタコスケ!」
その意図は見事に砕け散った。
「今までそう呼んできただろ」
「仲間だったからね。でも、今はそうじゃない」
「え? 仲間だろ。オレたち仲間じゃないの?」
「だったら、これからルゼリアに乗り込むのをあんたも手伝いな」
「本気じゃないだろ?」
助けた王女を自ら潰しに行く勇者パーティなど聞いたことがない。
「売られた喧嘩でしょうが。買ってから、もっと高く売りつけてやればいい」
マナエルはその純真そうな顔立ちに似合わない凄艶な笑みを浮かべた。
アレスは、助けを求めるように、視線を巡らせた。




