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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
第2章「フィオナのサーベル」
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第20話「姫へと至る険しき道のり」

 再び現在の宮中である。

 フィオナは、左手に剣を持ちながら、ゆったりとした構えで歩いていく。

 その落ち着いた所作は完全に風景の中に融け込んでいる。勝手知ったる他人の家。

 やがて、三つ目の門に至った。

 小門である。

 扉は無く、その代わりとして、屈強そうな兵士二人が(いか)めしい顔で立っていた。

 この門を通ると、謁見(えっけん)の間、および王女の私室までそう遠くない。

 フィオナは歩いて近づきながら、兵士二人が醸し出すピリリとした空気を肌で感じた。

 なだめすかしてどうこうできるような相手ではなさそうである。

「フィオナが参りましたと、殿下にそうお伝えください」

 数歩の間を置いて立ち止まったフィオナは、静かに言った。

 兵士二人はきょとんとしたようである。そうして、不審げに眉を寄せた。まさか目前の娘が、ヴァレンス救出の一翼を担った人間であるとは、夢にも思えないようだ。

 微動だにしない二人に、

「お伝えくださるんですか? くださらないんですか?」

 フィオナは静かな口調を捨て、苛立ちをあらわにした。

 それに対する答えとして、

「殿下へのお取り次ぎは我々の任務では無い」

 重厚な声が聞こえたとき、フィオナは刀の柄に手をかけた。そうして、

「お引き取り願おう」

 という声が続いたときにすっとフィオナの刀は鞘からその身を現して、兵の一人の鼻先にその先を突きつけた。

 命に届く位置に凶器が出現しても全く動揺の色が無い兵士のその沈着さは称賛に値する。しかも、相棒に刀が突きつけられているというその状況で、もう一人は躊躇なく刀を抜いて、フィオナに襲いかかった。相棒が殺されてもこの門を守るのだ、という気概で満ちあふれたその行為は、フィオナの好感を誘った。

 そっと地を蹴ったフィオナは、柔らかく跳躍した。その拍子に淡い黄金の髪がさざ波のように揺れる。

 フィオナが刀を突きつけた兵士もすばやく刀を抜く。

 そこへ足音がして十人弱の兵士が走ってきた。さきの第二の門で見た顔も混ざっているようだ。

 フィオナは前後から挟まれる格好になった。

「さてと」

 フィオナは、刀の峰に当たる部分を敵に向けた。

 隊長の命令の声で、兵士たちがいっせいに抜刀する。

 さすがに多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)であって、この数を、相手に傷を負わせずこちらも傷を負わずさばき切れると思うほど、フィオナは自分の体術を過大評価していない。

 斬るしかない。

 しかし、殺したくはない。

 その矛盾した感情をどうにかするための窮余の一策が(みね)打ちである。刀の「刃」の部分ではなく背面の部分で敵を打つ。

 これはなかなかにテクニックがいる話である。基本的に片刃の武器は、「刃」で斬ることを前提としており、その峰で打つことなど前提としていない。重心がずれてしまっていつもと振る感覚が違う上に、相手に殺意が無いことが伝わってしまってうまくない。

 さらには峰で打てば相手の命を絶対に奪わないのかと言えば、そうでもないのである。挫傷や骨折を引き起こすことは十二分にありえ、当りどころが悪ければ死に至る。

 それらの不利益を一身に負って、なおフィオナは整然とした心持ちであった。

「さ、では、斬られたい方からどうぞ」

 どうぞと言われて、えいやっと踏み込むような者はいない。

 新しく来た一隊の隊長が咳ばらいをしてから、やたらと目の据わった娘に名を訊いた。

「フィオナです」

 フィオナ、フィオナと何度か口ずさんだ名前に団長が少しして思い至り、ハッとしたとき、隊長の肩に激痛が走って、その腕から刀が落ちた。

 フィオナの先手である。

 相手の虚に乗ずるのはちょっとずるいような気がどうしてもするのは、フィオナに純粋な部分があるからだろう。彼女の弟弟子などは、

「別に卑怯じゃねえだろ。やられる前にやんねーとな」

 と言って全く恥じる風でもないのだが。

 フィオナの一撃を受けた隊長が地に両膝をつけたことをもって弾かれたように動いた者もいたが、そのことごとくが胴や腕を十分な速度と角度で打たれ隊長と同じ運命をたどった。他の者は、「死山のフィオナ」の名を聞いて、怯えたようにあとじさった。

 それとは反対に小門の兵士二人が、二方向から挟み込むようにしてフィオナに迫る。

 二人は全く他の兵士を当てにする気はないらしく、数を(たの)もうとする様子が無い。

 門を守るが彼らの使命であり、そのためには一命を賭す覚悟があるのである。そういう覚悟を持った者に対して、加減をすればした分が自分に跳ね返ってくることをフィオナは知っている。

 二人の足が大きく踏み出される。

 重なるようにして同じタイミングで襲いかかってきた二人。

 二つの刀がまるで斬り結ぶように交錯する。

 一瞬後、二人はぐらりとして倒れた。

 倒れたその中央に、フィオナが立つ。

 二人に与えられた剣撃が見えた者はその場にはいなかった。

 あえて見たいと思うものもいない。

 フィオナが動くと、兵士たちは一歩退いた。

 フィオナは悠々とした足取りで、囲みを抜けると、小門前に立った。

 そうして、門をくぐりぬけた。

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