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大乱やみてのち、残念な少女たちのふる剣  作者: 眉村みこ
第2章「フィオナのサーベル」
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第16話「武器は現地で調達しよう」

 「侵入者を追いかけなければならない」という門番としてのプロ意識と、「あの美人は一体どういう子なんだろうか」という男としての好奇心から、自分が守る門より奥に入って来たニッカだったが、今ではもう前者の気持ちの方はさっぱりと消えていた。もっとも前者の気持ちは元から無かったのではないかという説もある。

 というわけで、隊長の視線による「加勢しろ」アピールは完全に拒否した。

――そもそも、門より内側はおれのテリトリーじゃないわけだし。

 そんな言い訳まで心中でつぶやいてしまうニッカ。

 立ったら斬っちゃいますよ、と地に倒れ伏す兵士たちに優しい脅迫の声をかけた娘だったが、その手に武器らしきものは無い。さっき鉤付きロープを取り出したときみたいにいきなり虚空から取り出すのだろうかと思ったニッカだったが、実を言えば、例のロープはもともと娘の腰に装着されていたものであった。宮中にいるはずのない町娘の出現とその可憐さに、いつもぼーっとさせている頭を一層ぼうっとさせてしまって、気がつかなかっただけである。

 娘は、隊長に剣を向けられたままの状況下で、

「じゃあ、わたしはこれで」

 軽く会釈してその場を離れようとした。

 心情的にはそのまま立ち去らせたかったであろう隊長だったが、それを許せば、もう部下にでかい顔ができないという浅薄なプライドから、

「ま、待て」

 と娘に声をかけてしまった。

 はい、と娘は素直に立ち止まって、

「どうしても、わたしを捕えようとなさいますか?」

 そう言ったあと、隊長の答えを聞かず、いまだ従順に寝転がっている兵士たちの一人のところまで行き、「お借りしますね」と声をかけて、その手から軍刀を取った。

 なるほど人を斬れる武器が現れたわけである。戦時においては食糧を現地調達するという話はよく聞くが、武器を現地調達するなんてなあ、とニッカは感心した。感心しながら、その場から一歩下がる。ニッカには、娘を捕えようなんていう気持ちはないのである。巻き添えになってはたまらない。

 軍刀をさっと突きつける娘。その姿は堂に入っている。ちょっと剣を使ったことがある者であれば、彼女が熟練した使い手であるということが分かるだろう。

 この時点で隊長は退くべきであった。しかし、べきであることをそのまま為すことができる人間はそう多くない。隊長もその類である。

 きええーっという雄たけびのような声を上げて、隊長が娘に突っ込んだ。傍目には完全に変質者の狂態である。

 キィン、キンっという金属音が連続して上がった。

 娘は、隊長の刃を弾いたあと、めげずに再び振ってきた隊長の刀をふたたび弾いた。

 娘は余裕綽々の(てい)である。まるで弟子に稽古をつけてやっている師匠のような趣。

 隊長は自分の振るった刀を二回綺麗に弾かれても、まだ元気があるようだった。娘と距離を取ってにらみつけている。この無駄な元気の良さ、そして侵入者とはいえ若い娘に対して刀を振っていること、そうして、いつも居丈高(いたけだが)な態度を取ることも考え合わせると、諦めの悪いクソヤロウといえるな、と隊長の人となりを今さら分析したニッカは、さらに念のため二歩下がっておいた。二人の戦いそれ自体には巻き込まれなかったとしても、斬り放された隊長の首なり腕なりが飛んでくる可能性がある。思わずその残虐な場面を想像してしまったニッカは気分が悪くなった。

 キョエーイッ、という間の抜けたかけ声とともに振り下ろされる隊長の一刀。

 それを簡単に受け止める娘の刀。

 つばぜり合いをせずに離れた隊長が、続けて刀を振る。振って振って振りまくる。

 その刃を娘はあるいは弾き、あるいはかわしした。

 そんなことをちょっと続けていると、足を止めた隊長が肩で息をし始めた。反乱を生き延びたにしては体力がない。きっと後方支援かなんかで前線に出て戦ったことなど無いに違いないと、ニッカは何の根拠もない勝手な推測をした。

「さてと……おかげでちょっと気分が落ち着いたようです。ありがとう」

 荒い息をつく隊長に、娘が不思議なことを言った。

「では、これで今度こそ失礼します。この刀はお借りしていきますね」

 そう言って、歩き出した娘の後ろ姿に向かって、隊長は襲いかかった。うら若い娘に背後から襲いかかるおっさんという図。もはや隊長の方が完全に悪人であった。ニッカは、もしも娘の近くにいたら彼女を助けるために割って入っていただろう、と後にそのときのことを同僚のヨークに語った。

 金属音とともに、クルクルクルっと回転しながら空を舞うものがあって、それは隊長から少し離れた地面に落ちた。隊長の愛刀である。振り返りざまに振るった娘の刀が隊長の刀を弾いたのだ。そのすぐ後に、隊長の体ががっくりと崩れ落ちた。自分の刀(借り物)を放した娘が、その手で掌底を作り、隊長のあごを正確に強打したのである。

「あ、そうだ」

 ぴくりとも動かない隊長の体を避けるようにして、娘は彼の部下たちのところへ寄ってくると、刀を借りた兵士に向かって、鞘も貸すようにと要求した。

 鞘は慌てて差し出された。

 娘は、刀を鞘に納めた。

 その場にいる娘以外の全ての者がほっと息をついた。

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