第12話「門番は退屈なお仕事」
ピューッという鋭い鳥の鳴き声が、今にも泣き出しそうな曇り空を引き裂いた。
引き裂かれた空の下に、ヴァレンス王都ルゼリアがある。
玉の都にふさわしからぬいささかくたびれた佇まいで。
無理もない。
ほんの十日前まで、反乱軍とバチバチやりあっていたのである。反乱軍の猛攻のおかげで、ルゼリアは、やんちゃざかりの子どもがいる家のリビングのような何とも荒れたありさまとなり、そちこちで補修作業が行われていた。トンテンカンテンという槌の音が、それを振るう市民の荒い息づかいとともに、街中から上がっている。
その街を北に上がり切ったところに、ルゼリアの王宮がある。北はヴァレンス国では聖なる方位であり、街の重要施設はもっぱら北に作られる。王宮は、ヴァレンス王と王女の御身を守るために何重もの門で守られており、その門自体をさらに兵士が番をして守っている。
その門番の一人であるニッカは、第二番目の門を背にし、ふああーと大きなあくびをかみ殺そうとして失敗した。
「……つまんねー役目だ」
ニッカは不満げな声を出した。まだ二十歳そこそこの青年である。
今発した言葉通りの気分でニッカはいた。ひねもす門前に立って、不審者が来ないかどうか確かめるなどというのは、およそ大丈夫たる自分のなすべきことではない。そんな風に彼は感じていた。
仮にこれが戦時だったら、話は別である。いつ何時、門を破らんと猛然と突っ込んでくる敵がいるか知れず、その緊張感に身を震わせ、そうしていざ向かってきた敵に対しては敢然と立ち向かい、それをちぎっては投げちぎっては投げするところを、都の乙女に華々しく披露することもできよう。だが、残念ながらそういう機会は、十日前に反乱軍が退却したことをもって失われてしまったのだった。
もちろん、反乱が完全に終結したとはいえない。散った反乱軍は残党となり、その残党狩りがこれから行われることだろう。国内が落ち着くにはまだ時がかかり、とはいえしかし、とりあえずの平和を手に入れたことには違いなく、そうしてそういう状況が、
「おれが活躍できないということを意味するんだなぁ」
にやり、とニヒルな笑みを浮かべる門番の青年の姿に結実するというわけである。
ニッカは反乱中は一兵卒として城門を守っていた。それが、反乱後に王宮の門の警備に当てられたのは、彼自身は自分の働きがある程度――というのも、ちゃんとした査定ならば王女の御身周りの警備に当てられてもよいとニッカは自負していた――認められたせいだと思っていたが、実状は単なる人員不足であった。反乱で怪我をせず満足に動けそうな兵士の中から適当にチョイスされたのである。
ニッカは、腰に佩いた軍刀をしゅたっと抜いて、構えてみせた。そうして、せいやっとかけ声を出しながら振ってみる。
「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった……」
斬り倒した想像上の侵入者に対して悠然とした微笑を与えるニッカ。その頬には少しにきびがある。
続いてニッカは目をきらりと光らせると、剣を振って、虚空に鋼の線を描いた。そのアーティスティックな出来にニッカは自分で感心した。これならば、人はおろか、地上で最強の肉食獣リーグル、あるいは伝説上の生物である竜だって斬れるに違いない。
「おれも魔王討伐チームに加われてさえいたらなあ」
そうすれば、きっと自分が魔王を倒していたことだろう。聞くところによると、魔王クヌプスを討ったのはまだ十四、五の小僧っ子ということであり、そんな鼻たれにできることなら、
「おれにできないはずがない!」
と対魔王バトルの凄惨な死闘をちょっとでも想像することさえせずに鼻息を荒くするニッカは、控えめに言っても世間知らずの阿呆であった。
「それにしても遅えな。ヨーク」
軍刀を鞘に納めたニッカは、ペッと唾を吐きだすようにつぶやいた。
この門を守っているもう一人の門番の名前である。
そのヨークが、
「ちょっと野暮用があっておれ少し抜けるから、ひとりで頼まあ、ニッカ」
と仕事中に自主的な休憩時間を設けていなくなってから、もう大分時間が経つ。野暮用とは、宮中に仕える女官に会いに行くことだ。いい仲であるらしい。そうやって、ヨークはしばしば門番の任務をサボる。ニッカは、全く嘆かわしいことだなあと自分のやる気の無さを棚に上げながら思っていたが、ちょっと羨ましいと思う気持ちもあった。彼は常に恋人募集中である。
サボりがちな相棒の件を上官に言いつけてやっても全く心痛むところではないが、彼の代わりに気の合わないヤツが配属されたらと思うと、それもそれで面倒くさい。ヨークは、サボリがちでちょっと嫌みったらしく時々恋人とのノロケ話をするところ以外はまあまあいいやつである。
「まあ、それにあいつがサボってても誰も困るわけじゃないのは確かだしなあ」
どうせ誰も来ないのである。
その認識が間違いであるということに気づく時がすぐそこの曲がり角まで迫っていたことを、そのときの彼はもちろん知る由もなかった。