第11話「新たな戦いからのラブコール」
アレスにとっては、戦っている最中も十分なストレスであったが、戦闘後の方がよっぽどストレスフルな事態だった。とりあえずコウコを制したものの、問題が解決したわけでは全然無い。王の意志を曲げるというのが、ヴァレンス高官グラディ卿の決定だとすれば、とりあえず第一の刺客コウコを退けたとしても、第二第三の刺客をぞくぞくと送ってくるに違いない。いと楽しきかな。
「オレ、今、唐突に分かったわ。魔王の気持ちが」
アレスは、自分の倒した宿敵の気持ちを読み取るという得難い経験をしたが、特に有りがたいとは思わなかった。
アレスは数回、大きく深呼吸をした。心を落ち着けようとしたわけだが、大した効果は無かった。
王都ルゼリアには帰れない。
それだけははっきりとしている。
今から為すべきことは、スタフォロンへ帰り、手負いの仲間の安全を確保することである。
それもはっきりとしている。
しかし、その後どうするか。それが不分明である。先に先に物事を考えるのは、アレスの癖。
――苦労性だなあ、オレ。
目前の出来事にだけ集中して生きていければ楽であるが、どうやらアレスはそのような明快さだけで生きていくには少々複雑にできているようだった。
「……要はオレが王女に復命しなければいい話だな」
アレスは自分に向かって問いかけるような口調で言った。
「どういうこと?」
コウコが訊き返す。
「オレが王都に帰らなければ結婚話は立ち消えになるだろう。……ただ帰らないだけじゃない。いっそ、他国にでも行けばいい。『勇者は魔王を倒したあと、いずこかへと去っていきました』ってな。よくあるエンディングだ」
「…………」
「アホみたいな終わり方だが。同胞と殺し合うよりはマシか。あいつらも全員、ヴァレンスから出す……国から出た人間を更に襲うようなことはしないだろう……しないよな、多分」
「本気なの?」
「お前は本気じゃなかったのか。もしかして」
アレスの言葉に、コウコは押し黙った。
もしも本気でコウコがアレスを殺す気だったら悠長に挨拶などしないだろうし、初めから呪文を使っていたことだろう。ただし、彼女の剣には殺気が確実にあったわけで、剣を向ければ殺す気でやれるのがコウコという少女だった。
「一つ言っておくことがある」
アレスは、コウコにこちらを向くように言った。
剣はまだ突きつけている。
コウコがアレスを見る。
「もしも、スタフォロンにいる仲間の身にもうすでに何か起こってたら、オレはお前とグラディ卿を絶対に許さない。オレの全ての力をお前たちに向ける」
これは脅迫ではなく、誓約だった。アレスは地の神に対して誓いを立てたのである。
隣にズーマが現れるのをアレスは横目で見た。もう安全になったと思って近づいてきたのではない。もう一幕が降りたのだと思って近づいてきたのである。
「役者への声援はどうした?」
アレスが言うと、ズーマはおざなりな拍手をした。
「スタフォロンに戻るぞ、ズーマ」
「愉快痛快だな。しかし、酒が飲めなくなったのは痛いが」
「酒?」
「ルゼリアでの『勇者を囲む宴』的なパーティで鯨飲しようとそれは楽しみにしていたのだがな」
「お前の楽しみが少しでも減るのがオレの楽しみだよ」
アレスはコウコと距離を取るようにしてから、剣を背中の鞘に納めると、馬の様子を見に行った。怪我などは無いようである。
アレスは客車から二頭の馬を放すと、一頭をズーマに預けた。
そうして、がれきと化した客車を見て、街道の通行の邪魔になることこの上ないが今は片付けていけないことを、ここを通るであろう旅人たちにすまなく思った。
「アレス!」
コウコが大きな声を上げたので、馬に乗ろうとしていたアレスはびっくりした。
「なんだよ。リターンマッチとかしないからな」
「刀を拾っても?」
律儀なことを言う少女に、アレスは、「どうぞ」と丁寧に言った。
「もうあなたに危害は加えない。わたしは負けたんだから」
そう言いながら、コウコは地に突き立っている自分の剣を取って、鞘におさめた。
その声がどこか言い訳めいて聞こえるのは自分のうぬぼれだろうか、とアレスは思った。
「わたしも行くわ」
馬にひらりと飛び乗ったアレスに、コウコが声をかけた。
「何をしに?」
「国を出るのを見届ける」
「花一輪だな」
同じように馬に乗ったズーマがニヤリとして言った。
「念の入ったことだなあ。でも、断る。暗殺者と一緒に旅するつもりはないね」
アレスは同行を断ったが、
「じゃあ、勝手について行く」
そう言って、自分の馬の方へとさっさと向かうコウコ。
アレスは、ズーマがさらにニヤニヤするのを見てしまって、げんなりした。
そうして、目の保養をするために、空を見た。
依然として美しい青空である。
アレスは、ズーマに、「行くぞ」と短く声をかけた。
馬を走らせる。そうして、ここまで来た道を逆にたどり始めた。
新たな戦いからラブコールを送られる格好で。




