第10話「戦闘終了後のストレス」
戦闘終了。
無傷で女の子を制した。
普通であれば何の自慢にもならない一件だが、こと相手がコウコであれば奇跡的な首尾と言ってよい。
アレスは満足した。
そうして、この成功が相棒の微妙極まるサポートのおかげであるということは分かっていたが、絶対礼なんて言わねえ、と心に決めた。相手はそんなことを求めるわけないことを知っていたし、第一、癪に障る。
「斬らないの?」
コウコがアレスの方を見ずに、そのままの状態で言う。
平静な口調である。
アレスはイラッとした。斬る気があれば、初めからやっている。それを見越して皮肉ったわけでもないコウコの鈍感さがアレスには不満だった。
その不満を無理やり押さえる格好で、アレスは少女になにゆえかつての仲間――もっともこれは勝手に自分が「仲間」と思っているだけで、コウコはそう思ってないかもしれないという可能性もあるので、念のため問い質してみたところ、コウコからは、「仲間だったよ、あの時は」という答えが返って来てアレスは欲しかった答えを得たにも関わらず微妙な気持ちになった――を殺しに来たのか、本当のところを聞きたいと尋ねた。
「アンシとの結婚を阻止するためと言ったわ」
コウコは依然、アレスと顔を向き合わせずに言った。
「それを信じろって言うのか」
「別に言ってない。信じるかどうかはそっちの勝手」
「王の命に逆らうことになる」
「平民の反乱を収めたのに、その平民階級の人間が次代の王になったら意味がない」
「オレはアンシと結婚する気なんかないし、王になる気もない」
「アレスの気持ちなんか関係ない」
つれない言い方であるが、そういう意図があったわけではないことに、アレスは気がついた。コウコは単なる事実を言ったのみである。王の意志は国の意志であり、アレスがどういう気持ちを持っていても、通常であればそれはクシャっと押しつぶされて、ポイっとゴミ箱の中に捨てられてしまうだろう。そんなことに今気がついたアレスは、愕然とした。
「……誰に依頼されたんだよ?」
「『誰に依頼したんだよ』と訊くべきだわ」
アレスは絶句した。
それに合わせてコウコも口を閉ざす。
コウコが言ったことを理解できなかったのは……というより理解したくなかったのはほんの一瞬のことであり、すぐに彼女の言うことを受け止めることができる自分の冷静さを、アレスはうとましく思った。
「……お前の考えだっていうのか?」
「全てはヴァレンスのため」
「……あああああああ! クソっ!」
アレスは、剣を持ってない方の手で頭をぐしゃぐしゃした。
冷静であることと、感情をぶちまけることは矛盾しない。むしろアレスの場合は、適度に感情をあらわにすることによって、冷静を保っているとも言える。アレスはけして世の中を達観しているわけでもなければ、斜に構えているわけでもない。ただ、必要に迫られてクールであっただけである。その必要とは、主に一団のリーダーであることから来ていたわけだが、今はその立場にあるわけではない。それに冷静さが必要とされる戦闘状態も終わった。
だから、アレスは思い切りぶちまけた。
「何なんだよ、オレを殺すってのは! これまで一緒にやってきて、お前のこと信用してたのに! 信頼できるヤツだって思ってた! それなのにこの仕打ちはなんだよ! クソヤロウ! あああー、ムカつくっ! クソが! これまでやってきたこと、別にお前らのためなんかじゃねーけどな、だからって!」
戦闘中に全く乱れなかった呼吸をはあはあとさせたアレスは、大きく深呼吸した。
そうして、随分とズーマを楽しませてしまったことをすぐに後悔した。銀髪の青年はアレスの後方にいるので、顔は分からないが、絶対にいらつくニヤケ面をしているに違いないとアレスは思った。
「悪いとは思ってるわ。本当よ」
コウコが言う。
「あー、そうかよ! そりゃ、良かった。ちょっと黙ってろ!」
アレスは、今この瞬間心の底から会いたい人がいて、そういう人がいることの幸運と、今すぐに会えない不運をかみしめた。ひどく苦い味がした。
アレスは続いて、ひとしきりコウコに思い切り思いの丈をぶちまけたあと、
「スタフォロンに刺客を送ったんだな?」
現実に戻った。
コウコは、グラディ卿が手配したはずだ、と答えた。随分と口が軽くなっている彼女の状態は、潔い敗者の態度である。
グラディ卿は、ヴァレンスの朝政に参与する大臣の一人である。
「それで、お前がグラディ卿に提案したんだな?」
「ええ」
「あいつらも花婿候補なのか?」
「強い力を持った者は脅威になるから」
なるほど、こちらはズーマの言った通りだというわけである。
随分簡単に人を殺そうとするもんだ、とアレスは皮肉な気持ちで考えた。皮肉な気持ちでものを考えるということは、思考がまだ冷静に戻り切っていないというそのことである。
「でも冷静になれって方が無理だろ? なあ?」
アレスの問いに、
「そう思うわ」
コウコは素直に答えた。