第1話「ことの終わり」
終わりは新たなる始まり。
そういう陳腐な言葉をアレスは認めない。
終わりは終わり。
おしまいである。
寝物語の終わりは安らかな眠りであり、もしも、その終わりが新たな物語の始まりだったとしたら、
「良い子がいつまでも眠れなくなっちゃうよ!」
ということになってしまう。
そんなことになったらどうなるか。良い子は睡眠不足になり、ふらふらの頭で学校に出かけたせいで勉強が身につかず、落ちこぼれ、そのせいでロクに禄をもらえる職にもつけず、一生貧乏生活を送ることになる。
暗黒の未来予想図である。
そんなものを断じて許すつもりはない。
そういうわけでアレスは、物語の新たな始まりというものを一切認めないつもりである。
彼はつい先日魔王を倒すという冒険をまさに成し遂げたばかりであり、当分……というよりは一生冒険をするつもりなどなかった。
アレスは平和主義者である。
本来の彼には冒険心など微塵もなく、家の縁側で日がな日向ぼっこをしながら、可愛いあの子と寄り添っていられれば幸せというなんとも気だるい男子である。十四歳。
それがひょんなことから、「勇者」などという役を務めることになり、「魔王」とやらを倒した。むろんのことアレスは、英雄物語で言うところの光り輝く「勇者」ではないし、敵もなにやら毒々しい感じのあの「魔王」などではない。「魔王」とは、畏れ多くもここヴァレンス王国で反乱の旗を掲げたクヌプスという男への蔑称であり、それを倒す役をアレスが担ったことから、
「『魔王』を倒すのは『勇者』じゃね?」
というお軽い市民的ノリから、つけられた呼称が「勇者」だった。
「勇者」アレスが「魔王」クヌプスを倒したのが、一週間ほど前のことである。
魔王の居城であるところのスタフォロン城を落とした。
魔王軍はそのほとんどが、ヴァレンス王都ルゼリアへと出陣しており、スタフォロンにはわずかな敵兵しか残っていなかった。ここに魔王も留まっていた。理由は明らかではない。
勇者を中心とした少数精鋭メンバーは、首尾よく城門を突破し、中庭から回廊へと驀進し、最終的に王の間――クヌプスは王ではないのでこの呼称は正確ではないが、便宜的にそう言っておく――へと至った。
魔王クヌプスは、魔法の達人であり、一騎当千の猛者である。いつかのヴァレンス軍との戦では、自ら陣頭に立ち、その強力無比な呪文で、大いにヴァレンス軍兵士の肝に冷や汗をかかせた。永久に冷や汗をかけなくなった状態になった兵士の数も百をくだらない。
そんな猛将相手に数を用意しても仕方ないし、王都ルゼリアへの防衛に兵を割かなければならず、もとから数もいなかったしで、勇者パーティは五人で魔王に立ち向かった。五はヴァレンスにおける聖なる数である。
「五対一だってよくよく考えれば卑怯じゃねえか」
と考える向きもあろうが、さにあらず、魔王にも従者が数名つき従っており、数的な優位性は、アレス達にはなかった。
始まる死闘。
対魔王バトルは激戦を極めた。
勇者パーティは知恵と力の限りを尽くして戦った。
そうしてどうにかこうにか勝利をおさめたものの、アレス達の傷も深かった。仲間から死人こそ出さなかったがほとんど死に瀕した者もおり、もちろんそれでも魔王相手である、僥倖と言うべきだろうが、苦しみの声を上げる仲間を見ながらそういうお気楽な考え方ができるほどアレスはクールではなかった。
「オレはアツい男だからな」
アレスは誰にともなくつぶやく。
なにはともあれ、魔王は倒した。
反乱は治まり、一件落着。
落着はしたのだけれど、ただ、この反乱を収めたことに関して歴史的評価がどう下されるか、それはアレスには分からない。というのも、今回の反乱というのは、民衆による王制打倒という趣が如実にあったからだ。王とその腰巾着の貴族という特権階級への下からの抵抗。もしかしたらこれは成功させてやる方が良いのかもしれない、とアレスも実は反乱収め中に思わないでもなかったけれど、彼の置かれた立場がその思いを少しでも行動へと移すことを許さなかった。
事は終わった。終わったのである。終わったことをどうこう言っても始まらない、という潔い諦めを抱けるほどにはアレスは大人だった。大人でなければ、一団のリーダーなど務まらない。
事は終わった。
魔王を倒したのち、王都を攻めていた反乱軍が蜘蛛の子を散らすように撤退したのはすぐのことだった。魔王クヌプスはカリスマ的なリーダーであり、これを欠いてまとまりを持てるほどの精神的強さは反乱軍には無かったのである。
全てが終わったのだった。
終わりは新たな始まり。
くどいようだが、アレスはその言葉を認めない。
ただし、アレスがある言葉を認めないからといって、その言葉通りのことが起こらないのかというと、もちろん、そんなことはないのである。