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みっしょん、かもしれない・6

「な、名残のハモに松茸! いやあ、嬉しいな。弘樹の所の御飯、ほんまに素晴らしいな」


 名残の牡丹ハモに焼き松茸、シメジ・舞茸・三つ葉と鶏の汁物、茶碗蒸し、九条葱のぬた、万願寺とうがらしとジャコの炒め煮、生麩と里芋の炊き合わせ、日野菜ひのなの漬物と言う「いかにも関西」と言う取り合わせが龍生を喜ばせた。

 一方で龍生の家の献立は大抵、白い大振りの洋皿に肉料理と野菜の添え物・サラダか野菜の和え物・味噌汁、と言う感じなのだ。好き嫌いが多くて肉好きの父親に合わせるうち、そんな形に落ち着いたらしい。そこそこ味は良いのだが、風情が無いのも事実だった。 


「おおきに、龍生君。何や立ち直れたわ。弘樹ときたら『何や、ハンバーグやのうて、油気の抜けたような年寄りくさい献立やな』やて。がっくり来るやろ」


 ちょっとぽっちゃりして、笑うとエクボのできる弘樹の母・百代は、歳の割りに可愛らしい感じの人だ。英国紳士風でちょっとお澄ましやさんな芳樹とは対照的で、庶民的な暖かい雰囲気を漂わせている。


「せやかて万願寺とうがらしとジャコの炊いたん、登場回数多すぎやわ」


 弘樹はいかにも食べ飽きたと言わんばかりだ。

「俺は滅茶苦茶好きやけどな。食べると何かホッとするやん」

「そうやなあ……氏子さんが色々季節の折々に持って来てくれはるんやけど、若向きの献立にはしづらいものが多いな。さっき来たのは、子持ち鮎やし……」

「こ、子持ち鮎」

 聞いただけで龍生はごくりと、喉を鳴らした。

「卵は鶏でも魚でも何でも好きやな、龍生は。魚で子持ちのものは全部好きみたいやし」

「龍生君、好きか? 子持ち鮎。塩焼きして、これで一献飲むと格別やで。二人ともまだ中学生やさかいに、相手はしてもらわれへんけど、龍生君は将来、いけそうやな。おお、そうや、子持ち鮎、包んで帰りに持たせてあげて、な? 」

「はい。そうします。弘樹、どうも好かんらしいのよ」

「そういえば、弘樹は洋食が好きなんやな」

「そうやなあ……ハンバーグにハムにソーセージ、ローストビーフにフライドチキン、そんなあたりがええなあ。後は稲荷寿司とかカツ丼なんかが好きやな」

「そんなん、ウチの母親はしょっちゅう俺に食べさすけど、弘樹のお母さんみたいに繊細な料理は出してくれた記憶が無いわ。生麩と里芋の炊き合わせなんて、ウチでは食べられへん」

「互いに無いものねだりやな。人間なんて、今有る幸せをすぐに忘れてしまう生き物やからなあ」


 芳樹の言うのも、もっともなのかもしれなかった。


「それにしても、弘樹の好物はあのおキツネ様と似てるんとちゃうか? 」

 芳樹がそう思うのだから、そうなのだろう。

「へええ、おキツネ様は、そう言う肉系統がやっぱり好きなんですか」

「絶対お好きやと思うわ。普通は川の魚・海の魚・野鳥に鶏肉辺りまでしかお供えせんもんや。諏訪神社の鹿や、鹿島神社の猪なんか例外的なもの以外、原則的に四足はあかん、特に家畜の肉はダメみたいに言うのやけど、トンカツをお供えしたら、えらく気に入って頂いたみたいやった。ハム・ソーセージ・ハンバーグも絶対お好きやな」

「それで、僕はそのお下がりが頂けると嬉しい」

「お下がりを人間がいただける訳ですから、神様は何を召し上がったんでしょう? 」

「ほんまやなあ。僕も実は子供の頃から不思議に思うてんねんけど、人の思いや食べ物の気配や佇まいかなあ。人が丁寧に美味しくしようとして出来上がった物、真心がこもった物なら、なんでも喜んで頂けてるような気がするときも有るねん」


 ふっと芳樹は考え込むような表情になった。

「どないした? 」

 龍生も気にはなったが、息子である弘樹も妙に感じたようだ。


「いやな、肉の類を供えたときの何か獣くさい雰囲気と……もっと澄み切った、清らかな、そうやなあ、霊格が高いと言うんか、そんな時の雰囲気と……あれはおいでになっている神様が違うのかもしれんなあ……建前上はおんなじ神様言う事になってんのやけどな」

「ひょっとして、美穂の祖父さんの言うてはった……」

 弘樹は父親のそうした神霊的な事柄に対する感性を信頼しているだけに、大いに気になったのだろう。

「マークさんが言っていた異世界の神でしょうか? 」

 龍生は緊張すると発音も言葉もすっかり関東風に切り替わる。これは関東生まれの母親の影響らしい。

「なんやの? 異世界の神様て」

 百代も夫や息子と友人が一斉に表情を変えたので、何事なのかと不審に思ったらしい。


「あのな、今日なあ……」


 芳樹は百代に今日の顛末を語りながら、情報を整理しているようだった。


「ふえええ、杏ちゃんのお祖母ちゃんですか。異世界? それ、伊丹さんの奥さんにお会いした時、触れんほうがええですよね。信じてもらえそうも無いし……」

「そうやなあ。杏ちゃんが、家族の人に話すまで、だまっとき」


 百代は奇妙奇天烈な話に、頭が上手くついて行かないといった感じだった。

「龍生君もその世界の人の生まれ変わりなん? 」

「そうらしいわ。マークさんは金髪で緑の眼やったけど、顔のつくりは龍生とよう、似てんねん」


 芳樹は眉間に少ししわを寄せて、自分の考えを纏め上げつつ有る様で、こんな風に呟く。

「まあ、それはそれとしてやな……神格の高い神様が御自分で名無しの権兵衛で構わん、代わりに祟り神を祀って鎮めよと仰ったのが真実として……マークさんの言わはったように、異世界の神様の可能性は高いんかもなあ」


 弘樹も額にしわを少し寄せ、険しい表情で考え込んでいたが、ポツリとこう言った。

「マークさん達、何のために地球にワープして来はったんやろ? 龍生は何か、その辺の事情は聞いてるか?」

「何や杏と僕が将来、仲のええ夫婦にならんと、何かあちらの世界にとって不都合が有るらしい。様子見と言うか、監視かな。後は、何か僕らに手伝わせようとしてたみたいや」

「ふうん、今日はそんな話出んかったな。何でやろ」

 芳樹は弘樹と龍生のやり取りから、新しく疑問が湧いたらしい。


「何ぞ身内の恥とか、大っぴらにしたくないとか……かもしれません。あのマークさん、結構裏表の有る性格みたいですし……皆さんといてる時と、俺と杏だけの時と態度が違いすぎますもん」

「そうかいな。せやけど賢そうな人やな。日本の歴史にも詳しいようやったし」

「賢い事は賢いでしょうけど、何と言うか狡賢い、そんな気がします」

 龍生はどうもマークをそんな風に感じてしまう。なぜなのか自分でも理由ははっきりしないが。


「なあ、マークさんの目的と、おキツネ様の『みっしょん』、きっと関わりが有るンやろうな」

 芳樹にそう言われて、龍生と弘樹は目を見合わせ合点した。


「確かに、そうかもしれません。きっとそうです。そうなったら、その三つの宝珠とやらを探さんといかんですね」

「せやけど、闇雲に探してもなあ……なあ、大学に預けた言う古文書はどないなってんねん? 」

「弘樹も気になるか。そうやな。そこからまず固めて行くしか無いなあ」

「美穂の祖父さんの所は、古い記録はもう無いそうですから」

 やはり記録が存在しないのでは、雲をつかむようでどうにもならないと龍生も感じていた。


「よし! 近い内大学に行って、あいつの研究室の連中にも手伝わせたろ」

 芳樹はその『あいつ』なる人物の事を考え始めたようだった。

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